
あらゆる社交手段を突然遮られたら、人はいったいどうなるのか?
そんな実験に挑んだ女性がいる。サラさん、36歳。誰にも接しない状態を5日間味わう企画に挑んだ彼女は、不安と錯乱の果てに、幻覚症状を起こすようになった。
元気いっぱいの8歳児の子育てに追われるサラさんがこの番組企画に参加したのは、「100%の自由を与えてくれる」という点が魅力的だったからだろう。
しかし、最初は積極的だったサラさんも、いったん独房に押し込められると神妙な顔つきになってしまう。
「あの時は、どうにか平静を保とうとしました。でも、そんな心構えに反比例して、実際は『どうしよう、ああどうしよう』『どうやって5日間をやり過ごそう?』ということばかり頭をよぎるんです」。
そう当時を振り返るサラさんは、今でこそ落ち着いているが、映像では1日目からすでに神経質そうな様子が見て取れる。
部屋に入るやいなや、彼女はソワソワと部屋の中を往復し続けた。
無理もない。何しろ、撮影直前まで子育てをしていた普通のお母さんだ。育児にほぼ全ての時間を費やしてきた母親がいきなり「自分だけの時間」を与えられ、いやが応でも一人でいる時間をこれから5日間も味わうのだ。
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そんな憂鬱は、次第にこらえきれない不安へと変化した。彼女はシンクに走り寄り、ついに嘔吐してしまう。
気分が悪いままどうにか就寝するが、翌朝起床してもまだ具合が悪い。そのまま朝の歯磨きをするために洗面台に行く。
つらいだろうが、まだこの程度なら、体調がすぐれない人の朝の様子と変わらない。だが、ここから彼女はカメラの前で「いきなり孤独になった人間の顛末」をありありと披露することになる。
歯磨きをしていた彼女は突如カメラに向かい、洗面台を指してこう言うのだ。
「ねえ、この洗面台を見てよ。ほら、犬がいるよね? これが目でしょ、これが耳、そしてこれが尻尾……」
彼女が指で示すのはただの茶色いシミなど、洗面器に付着しているものにすぎない。それが犬に見えるのだという。つまり、とうとう彼女は幻覚を起こしてしまったのだ。
犬の前で歯磨きを終えたサラさんは、ベッドに戻り、再び静寂と対峙する。すると彼女は再び神経質になり「音がする」と言い出す。部屋には物音を立てる犬も人もいないというのに。
やがて、イライラしながら独り言を口にし始めた。「何もないのね。私は今からそちらに行くわ。抜け出すから……」。ポツリ、ポツリと、いったい誰に向かって話しているのか?
今度は犬ではなく、人が見えたのだろうか?
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サラさんのこの一連の様子を番組側が心理学者のポリーヌ・レニー・ペイトン氏に見せると、こんな所見が返ってきた。
「彼女は幻覚を起こしているのではない。強烈な静寂に追い詰められ、自分自身の中に隠れていた孤独が芽を出した。彼女は、孤独を抱える自分自身と話しているんだ」。
孤独と静寂の副産物は、心の奥に隠していた自分との対峙ということらしい。
5名がこの企画に挑戦したが、最終日まで独房生活に耐えられたのはサラさんを含めて3人だった。途中で終了した2人は、寂しさが怒りに変わるなどして続行不可能となった。
人は他者との接触を断たれると、もともと自身が抱えていた、あるいは隠していた孤独や不安に追い詰められ制御不能に陥る。そんな人間の弱さに気づかされる企画だった。
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