◆決定論:脳は物質だから意識は必然に過ぎない191◆
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0001考える名無しさん
2012/07/29(日) 10:08:49.090しかし、脳内には物質以外の「何か」がある(筈)と考える人が居ます。
・・それは願望思考・自己欺瞞という「観念論的誤謬」です。
人間の脳を構成する千億個の神経細胞は軸索を伸ばし、突端から
分泌する神経伝達物質で、他の神経細胞に情報を伝えるだけです。
勿論、脳内には核分裂のような原子核反応もありません。
分子生物学と生理学の対象分野「分子レベルの現象」が全てです。
「この宇宙」で人間の脳だけが「特殊な物質」であるとする科学的根拠は
全くありません。人間の脳も地球上における「物質の進化」の一過程に
すぎず、人間の脳が造り出す『意識』も何ら「特別」ではありません。
『意識』は『クオリア』を持つ動物全部に生成する現象です。
「何を思うか何を意志するか」は、あらかじめ物理・化学法則により
決定されております。自由(意志)感は文字通り『感じ』にすぎません。
量子論の「不確定性」は意識には何の関係もない「単なる観測問題」です。
以上が「超・大統一理論」=量子論と相対性理論の統一後に残存し得る
『唯一の最終真理(思想)』の輪郭です。全宗教全観念論は徒労です。
◆決定論:脳は物質だから意識は必然に過ぎない190◆
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/philo/1335539972/
0226ゲーム
2012/08/06(月) 09:17:32.510御伽噺として読んでくださいね。w
何が通るのか、あるいは何が跳び越えるのか、については答えている。
「負の空間」と。
“負の空間”だけが「あった」いや「なかった」ということである。w
この負の空間を原的“力”とみる。
こんな御伽噺はともかく“この世界”は「無(ゼロ)から生じた」と思っていますか。
君が一神教徒なら、そこから「世界の発祥」を説明できるだろう。
もし、そうでないのなら、どのように解説されますか。大雑把で結構です。
0227考える名無しさん
2012/08/06(月) 10:51:53.960例えば猥褻行為で逮捕されても、このような行為に至った思考は物理法則なんだーと言い訳するんですね!
0228Absalom ◆owNN8RDlXo
2012/08/06(月) 10:56:56.590この世界は、ですね、常に有と無の間を行き来するもの、つまり、始まりと終わりがつながっていて、
永遠に伸縮運動を続けるもの、と捉え、考えています。始まりもなく、終わりもない。
このアイデアのキモは、円環状につながった時間ということで、無から生じたものでもなく、
無というのが、数学のゼロのように、表せるけど存在しないというふうに考えられるという
ことです。ゲーム氏と、それほどちがった考えというわけでもないのです。言葉の違いのみで(
それは好みでしょうか)。
おとぎ話を超えるには、数学の体系のなかに位置づけられなければならないと思います。
いずれにせよ、僕は「生じた」というふうには考えません。始まりも終わりもないと考えるので。
0229ゲーム
2012/08/06(月) 15:42:07.280「往きつ戻りつ」する“世界”と「円環」状のそれとでは、イメージがかなり違う。
前者は、君が述べているように伸縮運動を繰り返す。この捉え方は“始まりの問題”
を解消できない。なぜ伸び始めたのか。始まりの前は“無”だったのか…等々。
円環状のそれは始まりと終わりは消去できるが、円環を可能にする“力”を、どこから
調達したのか。なぜなら、これは閉じた宇宙だからである。
数学、というよりも物理学的に記述できれば、ヒトの視野は拡張される。
が、御伽噺のタネは尽きまい。合理的な話よりも一般的には奇譚、稀譚、喜譚のほうが
好まれるからである。
0230飛べないカラス
2012/08/06(月) 16:47:53.580決定論のなかでも因果的決定論と呼ばれるものです。
>>228
時間が円だと将来自分の人生と同じ状態がやって来て全く同じ人生を繰り返すのです。
インド哲学的ですね。時間が円だとする場合の時間の定義は何でしょうか。
0231ゲーム
2012/08/06(月) 18:25:09.050AとBが因果関係にあるという場合、その根拠は何ですか。
具体的に「AとBが因果関係にある」というかたちで例示してくれてもいい。
0233飛べないカラス
2012/08/06(月) 21:42:47.380因果関係という概念自体に根拠は無いです。
原因から結果になりそれが更に次の原因になる。この連鎖が時間の経過です。
なので過去と未来は因果関係にあるということになります。
これは因果的決定論の重要な概念です。
そして唯物論はすべては物質でありすべての関係は物質の関係とする論です。
物質はすべての構成要素です。
0234飛べないカラス
2012/08/06(月) 21:52:28.430サイコロを振る過去から1の目が出る未来になる因果関係です。
またこの話題しませんかw
0238Absalom ◆owNN8RDlXo
2012/08/06(月) 23:09:03.550時間と空間は密接な関係にある。それは一つのものの別表現であるからだ。
一つのものを人間が解釈すると4次元になり、時間-空間という概念ができる。
もう一つのものが質量であり、それらの二つのものが物質の性質だ。
時間-空間の中に置かれたある重さの物質。
時間-空間の性質が変化するのが、物体の運動であって、質量は不変であり、
どこへもいかない。運動を記述するには時間-空間を与えればいいが、質量と
運動の関係を規定するのが、力である。力も、表象として意味を持つのであり、
ただの概念である(ただし、僕の理論記述の仕方で定義した場合のみ。力を
実在と見て組み立てる論理もあるだろう)。
時空は運動を記述するための仮の表象であるが、宇宙空間にまで視野を広げた時、
時空の本質である一つのものの変化に気づく。一つのもの、時空が、生まれたり
広がったりしているのであるが、極小と無限という、出発と目的地は、共に一つのもの
の変化であり、特別な性質を持つ。それは以下のようだ。質量は不変であり、生まれたりは
しない保存量だ。質量を持ったものは、気が遠くなるほどの時間をかけて、同一の状態になる。
その時、時間の円環が完了し、全ての属性は昔と同一の変化量として、あとは無限ループ
が完了する。もし時間が円環状にならないとしたら、この同一の変化量を物質の属性が
持つようになるという原理的な想像は、記述できるため理想の状態であり、永遠に始まらない
回帰運動として存在する。(唯物論の派生になった。)
0239考える名無しさん
2012/08/07(火) 02:13:01.290> サイコロを振って1の目が出たとします。
なんどか振れば1がでるのは必然です、前の目に影響されて次の目が
決まるのではないです。
0240考える名無しさん
2012/08/07(火) 02:18:25.530現実に近いサイコロを模擬するとすると力のかけ方、サイコロの形、サイコロが
転がる状況などのパラメータ次第で出る目は必ず同じ目となります。
決定論でいう必然とは定義される条件の段階を明確にしたように見せかけ
錯覚させて完璧なように語り。
結果として必然であるように表現しているだけであります。
何かの要素すら曖昧にするのがこのトリックの根源であります。
何故それらが通用するか?簡単であります人が説明するそれらは常に曖昧
であり矛盾が無いように表現できたとしても解釈は完全ではないからです。
それは論が神の技術な如く完璧な秩序で機能しているわけではなく、
神を創造する人の脳の定義で神がいくらでも化ける存在であるからです。
0241考える名無しさん
2012/08/07(火) 02:19:44.0200242考える名無しさん
2012/08/07(火) 02:22:49.670>崩れたり歪んだりしないと思いますがどうでしょうか。
私もそう思いたい。
だが世界の果ても世界の起源も曖昧な状況で果てや起源の前を理解して
そこでも通じる秩序なのでしょうか?
我々の近辺の世界で通じるそれは普遍であると何故言い切れるのでしょうか。
考えるのに我々の近辺ではそれが正しい。それでいいではないですか?
それ以上の範囲にまで適用するのは考えすら及ばない世界へ進まないといけない
でしょう。そこまで範囲を適用しないという閉じた世界に引きこもり思う
それでいいでしょう。
0243考える名無しさん
2012/08/07(火) 02:32:03.1200244「機械的唯物論」者代理
2012/08/07(火) 02:36:06.980変わりの固定ハンドルにスレッドを委ねたい意向だそうです。
0247ゲーム
2012/08/07(火) 10:17:55.740「それらが原因と結果の関係にある」とみなす根拠をお聴きしているのである。
たとえば>>232 があげている「いじめと自殺」が因→果をなしている、と断定されたとする。
いじめ→自殺は稀なケースなのに、この場合、なぜそう決めつけたのか、その“根拠”は何?
どういう場合に、それが因果関係にある、とわれるのか。
もし「物質が構成要素」なら“唯物論”とはいえないのではないか。
「物質を要素に“世界”を構成した」のは何か、換言すれば“物質”に差異、布置、変化、運動
をもたらした主体とは?
これは少し前に“コップ”を例にだした、抄録氏に対する質問と同じである。
コップは物体だが、それは構成(制作)されたもので、その“知的”主体はコップの“外”にいる。
つまり二元論である。物質が“意”をもっているのなら、別だが。w
0248考える名無しさん
2012/08/07(火) 10:27:58.710分かりやすく言えば、確率的にしか表現出来ない量子運動という形で
この運動の確率的な”偏り”により世界は一様ではなくなり複雑に絡み合った結果
”意”とでも言うべき現象となる
我々の意識にしたって同様のこと
0249考える名無しさん
2012/08/07(火) 10:33:37.6900250考える名無しさん
2012/08/07(火) 12:30:03.8600251考える名無しさん
2012/08/07(火) 14:45:58.940「決定されるもの」は、決定されるまで決定されてないという前提がある
すべてが既に決定されているなら、決定すること自体が成立しない。
0252考える名無しさん
2012/08/07(火) 14:53:16.180何故そう考えるのか不思議でならない
0253ゲーム
2012/08/07(火) 16:34:59.700「意」は“こころ”“気持ち”“考え”などの意。最後の“意”は意味という意。w
「物質」も“意(こころ)”をもっているそうなので、擬人化すると、俗にミクロ
と呼ばれる領域では、物質は確率的にしか自らを表現できないということらしい。
しかし、それは「意のままにならない」ということで、君のいうように仮に物質に
“意”があったとしても、意のままにならぬのなら、意は「ない」に等しい。
いわゆるマクロの領域では、物体は(たとえばコップを手放すと)力学に従って落下
し、横に飛んだり上方に舞い上ったりはしない。ここでも、仮に物質が“意志”を
持っていたとしても、規則に雁字搦めにされていて、ミクロとは逆のかたちで意は
骨抜きにされているようにみえる。w
物質が自らの意に沿って(確率論的でも、規則的でもなく)振る舞った例を何か一つ
あげてもらうと、ありがたいのだが。
0254考える名無しさん
2012/08/07(火) 16:39:06.140何故そう考えるのか不思議でならない
0255考える名無しさん
2012/08/07(火) 17:02:04.000゛意゛の定義はこの際大した問題では無い。君がやはり無いと言うならそれはそれで良い
ただ、確率的な振る舞いが世界を一様では無くし、君の言う差異や変化を生み出すことは理解できるだろう?
0256飛べないカラス
2012/08/07(火) 20:34:09.590前の目とは?
>>246
意識もサイコロと同じで必然です。
>>247
> 「それらが原因と結果の関係にある」とみなす根拠をお聴きしているのである。
どちらにしても因果関係の根拠は無いです。根拠を問われて因果関係を持ち出すことならありますが。
> たとえば>>232 があげている「いじめと自殺」が因→果をなしている、と断定されたとする。
断定する側が根拠を述べればいいのです。
> もし「物質が構成要素」なら“唯物論”とはいえないのではないか。
> 「物質を要素に“世界”を構成した」のは何か、換言すれば“物質”に差異、布置、変化、運動
> をもたらした主体とは?
全部ひっくるめて物質ですが。何故かというより、このような定義なのです。
0257ゲーム
2012/08/07(火) 21:20:28.270いっているにすぎない。素朴観念論である。w
機械氏の唯物論(すべては物質である)を“正しい(真)”とする論拠は幾つ
かあって、その一つが「物質に“意”がある」ことだろう。
物質の“意”に沿って、物質を素材に、物質に差異、布置、変化、運動を
もたらした、いいかえると「物質による、物質だけの世界を構成した」と
いうのが論証されれば、唯物論は真理である。w
抄録氏よ、試みてみよ。w
0259飛べないカラス
2012/08/07(火) 21:33:46.210唯物論が批判するのはすべてを物質として説明しない態度や説明の関係の断絶。
0260考える名無しさん
2012/08/07(火) 21:36:06.0300261考える名無しさん
2012/08/07(火) 22:13:47.090といっているのと何の違いもない。
0262飛べないカラス
2012/08/07(火) 22:20:36.5201.大風で土ぼこりが立つ。
2.土ぼこりが目に入って、盲人が増える。
3.盲人は三味線を買う(当時の盲人が就ける職に由来)。
4.三味線に使う猫皮が必要になり、ネコが殺される。
5.ネコが減ればネズミが増える。
6.ネズミは桶を囓る。
7.桶の需要が増え桶屋が儲かる。
0263考える名無しさん
2012/08/07(火) 22:58:11.3800264考える名無しさん
2012/08/08(水) 00:06:54.420これが決定論の必然なの?
サイコロを振ると、どの目がでるかは決定論では説明のしようがない(不確定)
0265抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 00:08:44.290物質は状況に対応して自ら作動するわけですよ。
人間様の都合なんかおかまいなく台風は発生・成長してしまうんですよ。
水素が勝手に集まって核融合して太陽として輝いているわけでしょう。
なにより、生物(これもモノですよっ)は、“意をもって蠢く”(ように見える)じゃないですか。
また金属の話しますけどw合金てありますでしょ。
あれは例えば金属元素Aの原子と金属元素Bの原子が一様に混合した固体じゃ「ない」んです。
もちろん高温で溶かしてムラの無いように混ぜ合わせるんですが、
それがそのまま固体になるわけじゃあない。
ほとんどの合金は、固体になる過程で性質の異なる「相」に分かれて「組織」を形成するんです。
ちょうど人間社会で、ノリの合った者同士がグループを作るようにw
そりゃあもう、原子が勝手に動いていっちゃう。
自発的にwその「差異、布置、変化、運動」なんかを成すんです。
・・・こんなんじゃ納得しませんか?w
0266考える名無しさん
2012/08/08(水) 00:33:54.640変態w
0267考える名無しさん
2012/08/08(水) 00:43:25.560全ての物質がエネルギーに変換できるのだから唯物論も半分しか説得力が無いよね。
そして意識もエネルギーと言えるよね。
唯心論も半分は正しいと言えるよね。
0270抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 00:55:00.600「化学反応的」こそヒトによる呼称、理解の仕方にすぎないのだよ。
だいたい、考えてもみなさい。
凡そ物質が「法則」なんてものを気にしながら振る舞うかよ。
物質の振る舞いをヒトが理解するときに、それは法則に沿ってるんだよ。
0271考える名無しさん
2012/08/08(水) 00:59:40.1000272考える名無しさん
2012/08/08(水) 01:03:21.360↑
アホの子ですか?
物質にとっては自発的になるのだろうけどヒトにとっては法則に則っているのだよ。
つまあり砂六は主体を物質に置いているだけの視野の狭い主張しかしていないんですよW
0273抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 01:06:29.460どうして法則に沿う(ように理解される)のか。
それは本来、物質そのものの性質に依存してるだろう?
そこを離れて「ルールそのもの」なんてものは無いってことですよ。
貴方、自分だけはバカでないとでも思ってるのかしら。
0274抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 01:14:40.480人間も「モノ」なんですよ。
「ヒトにとっては法則に則っている」ってのは状況説明。
そこに止まったのではいつまでも二元論のままであって、
意識はいつも物質の外にあってその存在を神に保証されなければならない。
貴方、このスレを見ててそれに気がつきませんかね?
唯物主義者である私が物質に根源を置くのはあたりまえ。
貴方が生まれる前から物質はある。
「ヒトにとっては法則に則っている」なら
ヒトがいなけりゃどうなるの?物質の振る舞いは変わるの?
0275考える名無しさん
2012/08/08(水) 01:26:27.770>そこに止まったのではいつまでも二元論のままであって、
君は唯物主義者なんだよね。それって一元論のままだよね。二元論より劣るよね。
意識って物質じゃないよね。エネルギーだよね。これだけでも”唯物”じゃないよね。君の生まれる前からエネルギーはあるよね。ははは。
ひょっとして物質の対義語が意識だと思ってるの?ははは。
>ヒトがいなけりゃどうなるの?物質の振る舞いは変わるの?
変わるわけないじゃん。物質だけの世界だとしてもその運動は法則に沿うに決まってるじゃん。
ヒトがいなければ物質が自発的に運動するのなら、宇宙の始まりに迫れるわけないよね。有史以前の宇宙の状態が計れないからね。
でも宇宙の始まりにかなり迫ることが出来ているよね。物質の自発的な運動は否定されるんだよね。はい残念賞。
0276考える名無しさん
2012/08/08(水) 01:30:39.080あなたは「エネルギー」という言葉に多くを期待し過ぎです
言葉の印象に引きずられて、何かあり得ないものを見ているかのよう
0278考える名無しさん
2012/08/08(水) 01:35:15.3700279飛べないカラス
2012/08/08(水) 01:38:27.420自発的というのは物質の振る舞いはその物質の内によるものということでしょうか。
万有引力で引き合う2つの物体は自主的に内部で相手との距離を測って2乗に反比例するように
相手に近づいていくのでしょうか。
0280抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 01:39:43.480一元論は二元論よりも「劣る」の?
それってどこ情報です?w
あとですね
前にも言ったことありますけど、
凡そ純粋なエネルギーなんて取り出せないんですよ。
電子と陽電子が衝突したら、確かに電子と陽電子は消滅するけれど
それに相当するエネルギーはγ線となる。結局は物質。
私が「エネルギーは(物質の振る舞いを測る)ツールだ」というのはそういうことです。
「実体としてのエネルギー」を仮想することは勝手なんだが
物質を離れてエネルギーなんて存在しないでしょ。
ちょっと落ち着きなさいよ。
0281考える名無しさん
2012/08/08(水) 01:42:27.190つまり君は砂六と同じ主張だと言うこと。
物質に置き換えてしまうと砂六を否定する事になり、ひいては自分自身を否定してしまう事になる。
君はおいらを否定したつもりでも自分を否定してしまっているのだよW
0282考える名無しさん
2012/08/08(水) 01:46:01.300あなたは「物質」という言葉に多くを期待し過ぎです
言葉の印象に引きずられて、何かあり得ないものを見ているかのよう
0283飛べないカラス
2012/08/08(水) 01:48:33.610両者違うイメージで語っても同意には至らないんじゃないかな。
定義は重要ですよ。
0285抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 01:52:00.650モノは太古より見える、さわれる、食べれる。
「あり得ないもの」なんかじゃないんです。
「エネルギー」という近代に見いだされた思考節約上の概念とは異なるわけです。
もっと冷静に考えて。
0286ゲーム
2012/08/08(水) 09:11:58.410自ら作動? まさか。他の選択肢を採ることも可能という意味?
擬人化しているので、こちらも…w
すでに指摘されているように、物質は“規則”に従っているだけ。
抄録氏の言表とは逆に、もし物質が「法則」を気にしながら振る舞うのなら、
たとえば時に法則に違背する振る舞いに及ぶようなら、少なくとも物質にも
ヒトなみの“意”があるといえるかも。w
0287考える名無しさん
2012/08/08(水) 09:25:02.3900288ゲーム
2012/08/08(水) 09:40:51.150物質の性質? たとえば酸素にはどんな性質があるの?
思うに、それは“構造と機能(働き)”のことだろう。
その性質(構造と機能)は、物質が恣意的に選択したものではあるまい。
いわば“植えつけ”られ、たとえば「酸素」として存在せしめられたのだろう。
物質には生誕時より自発性のカケラもなくw、その後も規則にそれと知らずに
盲目的に従う…、これが物質なる存在ではないか、擬人化していえば。
0289考える名無しさん
2012/08/08(水) 09:58:44.750直接に見ることも、聴くことも、さわることも、食べることもできず、
衝突の際に生じるとされる発光という間接的な現象でしか、
「存在」を知ることができないのだから、物質ではないのですよ?
で、どんな物質であれ、本当に「直接に」見ることは可能なの?
0290抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 10:11:08.200擬人化するのはゲームさんの常套手段。
規則に従うのはヒト。従うためにわざわざ規則を作ったんだから。
物質は選択の余地があれば「条件無し」で選択しなければならない。止まれないんだから。
物質の振る舞いを十全に決める「規則」なんてものが必ずある根拠なんて「無い」んですよ。
そんなものが「ある」と信じるのが「因果による決定論」。
莫大な数の粒子が統計学的に振る舞うことで、そこに高い精度で「特性の強度」が成立する場合、
その状況をヒトは「法則」と呼ぶ。
だいたい、ヒトにも「法則に違背する振る舞い」をする余地などたいして無い。
所詮はモノなんだから。
死なない限り生きて行かなきゃならない。
生きるためには食わなきゃならない。
食うにしたって、霞じゃだめ。
空気が無けりゃ生きられない。
ヒトは状況が許す選択の中でのみ選択を許される。
そして、その統計的な行動原理に“規則性”を見いだすことは、ままあることでしょう。
ただ、物質が選択肢の中から「条件無し」に選択するときに、どうしてその選択が確率的になるのか
そしてその確率がどうして「規則的に」変動するのか、いったい確率とは何。
それはお約束の2年後くらいにw
0291考える名無しさん
2012/08/08(水) 10:11:58.8900292考える名無しさん
2012/08/08(水) 10:21:53.5700293考える名無しさん
2012/08/08(水) 10:27:30.990間違いだったのか。期待の存在しない状況で、「確かさ」の度合いって
何なんだろう?
0294抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 10:29:25.410酸素は「酸素としての性質」があり、それは酸素でしか成立しない性質。
水素と一緒になって水を作るのは酸素。
ヒトは酸素の無い空気では呼吸できない。酸素以外に代用はない。
その性質が「植え付けられた」?
誰がどうやって植え付けるんです?教えて下さいよ。
水素にどんな構造と機能を植え付けたら酸素になるんです?
そんなことは神にも不可能。
酸素はビッグバン時、あるいは核融合によって「生成」した、というのが“定説”。
物質が状況を作り、作られた状況に対応して物質は作動し、選択し、自らを成す。
盲目的というのは確かにそうでしょう。酸素は自分が酸素である所以など知らんでしょう。
0295ゲーム
2012/08/08(水) 10:35:44.900「人間」も「コップ」も「太陽」もモノではなく、コトである。
無常の存在である。まだヒトは物体というコトしか知らず“物質”には
触れたことも視たこともないのである。
もし基底に、あるいは根源に“不変”の何か(一者)があるのなら、唯物論は正しい。
しかし伝聞から推測するに、それはモノというよりもエネルギー(力)と呼ぶほうが
適切らしい。もしそうなら、それは実体(粒子)的存在ではなく「“差異”としてある」
ということだろう。それが“エネルギー”のありようだからである。差異は流動する。
遡行の果てに見出せるのは“差異”なのではないか。
0296抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 10:52:56.030人間もコップも太陽も物体も「コト」であるなどと、どうして言い切れます?
それが「コト」であるために、それを「モノ」と対比する必要があるはず。
モノありきで、コトの意味が成立している。
モノが無ければ、少なくとも「コト」の意味は変容する。
コップが「コト」だとして、では「モノ」は例えば何です?
貴方の常套手段を借りれば、コトもモノも「概念」。
コップがモノだとして差し支えない状況で、それはモノと言うことができる。
「真の実体」とか「真の粒子」とか「真のエネルギー」とか「真の電磁波」とか
そんなものはありゃあせんのですよ。
しかしエネルギーとか電磁波とかニュートリノwとか
それらの概念を使うことのできる状況が確かにある、ってことが真なわけです。
ゲームさんは底抜けの相対主義(≒空)とやらを認めると言いながら
しかし「基底」とか「遡行の果ての差異」とか、
やっぱり「空想によって掴める何ものか」を求めますか?
自然は恐らく空想によっては掴めないんですよ。
しかし掴めない、ってことを論理によって知るのですw
0297ゲーム
2012/08/08(水) 10:53:10.310物質に自発性がある、と擬人化されたのは抄録氏。
私は一貫して、そんなものはない、といっているのである。
物質に「選択の余地がある」のはどういう場合? 具体的な事例で。
物質が“規則”に逆らって振る舞った例あげてくれてももいい。
ヒトについては、また別の機会に。そこまでいきたいのだが、モノとか
力とかの話題がつきないので。w
0298考える名無しさん
2012/08/08(水) 10:54:16.510砂六によればヒトは自由でなく法則に沿って動くんだよね?あれ?自発的?^−^
0299抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 11:08:44.240自発的とは、「外力など要せずに作動によって自らを成す」って意味ですよ。
そこに「ヒト的な意志」なる文藝を(意図的にw)介入させたのはゲームさん。
金属内の自由電子は、誰に言われることなくずーっと動いているんです。
光子は光速で走るしかないんです。
そこに「力」とかはいらんのですよ。
自発的とは、「規則に逆らって」などを意味しない。そんなことわたし言いました?
貴方が勝手に「力と規則」を一緒くたにして話を膨らませているだけですw
0300ゲーム
2012/08/08(水) 11:24:03.420「コト」を辞書的な意味で使っている。それによれば「振る舞い、状態」
を指している。「変化しつつ運動する」とも述べてきた。それを可能に
しているのは“力”だろう、との推測をも言表してきた。
不変の「モノ=物質(粒子)」などあるまい、というのが私見。
もちろんコップをモノと呼んでもかまわない。が、それは力の流動が
停滞した、いわば“力”の変奏態であって、変化と運動が止むことは
なかろう。
「存在」とはコトであり、様々な貌を(時には物体ヅラをw)みせはする
だろうが、そこにも“力”の貫徹、その流動を指摘できるはずである。
0301抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 11:35:28.400貴方に言わせるなら「変化と運動」も概念。
そして変化は「変化しないなにものか(=概念)ありき」でしか成立しない。
概念が不変である根拠はない。しかし不変としなければならない。それ以外に道はない。
そしてこの世界は、それが可能な世界。
力の貫徹やら流動やら、そんなものが指摘できるような世界であること(のみ)が重大問題。
0302ゲーム
2012/08/08(水) 11:49:03.810それは以前にも述べたけれども、電子が質量⇔エネルギーすなわち“力”を
有する存在だからである。光子には質量はないらしいが、純エネルギー態
とみなされている。質量⇔エネルギー(力)なしに、光もまた走ることはでき
ないのである。
また「外力なしに」と抄録氏は述べているけれども、それは怪しい。
少なくともビッグバン以後w、力の不在の領域は存在しないのでは?
0303ゲーム
2012/08/08(水) 12:13:11.450変化や運動の概念は、抄録氏の好みの言葉をつかうなら“自然”の
観測事実から導かれている。方法しだいでは、変化も運動も観測
でき、そこからそれらの概念を獲得したのだろう。
それに対して、いかなる方法であれ“不変”をヒトはまだ観測した
ことがあるまい。これは、抄録氏の主張とは逆に、自然の諸変化、
諸運動の経験をもとに、変転する“万物”の上位に、もしくは根源に
仮構された純粋概念である。“超越神”の構想のしかたと似ている。
0304抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 12:31:39.000「電子が力を有する存在である」など独断に過ぎる。
貴方がカラス君を揶揄したごとくの素朴観念論。
「動いてんだから力が内在してんだよ」とのドグマ。
光が純エネルギー態であるとか、ほんまかいな。
まあ、それも言ったもん勝ち。
>>303
変化しか観測できないからですよ。
しかし変化しかないこの世界で、その純粋概念としての不変がどうして成立可能だと思いますか。
結局貴方は「ヒトの観念はそのようにある」ってところで止まるわけです。
自然はその純粋概念とやらが成立可能なようにできているわけです。
0305考える名無しさん
2012/08/08(水) 12:47:48.4100306飛べないカラス
2012/08/08(水) 13:33:27.570物質が自発的(内部的?)に振舞っているとしたら、万有引力は他の物体との距離を測って
2乗に反比例するように次の位置を求めて移動していることになります。
どうやって距離を測っているのでしょう。
>>287
定義というほどでなくても、自分がその言葉を使った理由はあるでしょう。
自分のイメージを相手に伝えるためにその言葉に置き換えているのです。
>>290
> 物質の振る舞いを十全に決める「規則」なんてものが必ずある根拠なんて「無い」んですよ。
> そんなものが「ある」と信じるのが「因果による決定論」。
これだと唯規則論になってしまうのでは?因果的決定論は唯物論的ですよ。
>>293
そうですね。逆に言うと期待(予測)精度の高さが確率になります。
0307ゲーム
2012/08/08(水) 15:12:41.420電子には“質量”がない? 質量でもエネルギーでも呼称は何でもいい。
電子は“無”ではない、ということ。私は“有”を「力」と称しており、
力の有/無が「それが存在するかどうか」を決める、換言すれば、それが
存在者である条件は“力”を有するか否か。存在しているのに、そこに
“力”が不在なら、それは矛盾である。
「ある」と「ない」は共存できない。違う?
光子にはエネルギーがない? では何が光らせ、走らせているの?
抄録氏が崇める“素粒子”もタダで(力なしに)存在する(振る舞う)ことは
できないのである。
0308考える名無しさん
2012/08/08(水) 15:15:53.520流石にこんなアホの相手するだけ時間の無駄だと思うけど
0309飛べないカラス
2012/08/08(水) 15:19:48.340かもしれない状態で合意に至らず延々と争うスレッドです。
0310ゲーム
2012/08/08(水) 16:57:24.430どこまで遡行しても掴めるモノはないといっているのだが。
“差異”は粒子と違って、把捉できないからだ。むろん、御伽噺である。
が、存在の根源に素粒子がある、というよりはマシでは? w
>>303
抄録氏は、こういっている。不変(という概念)が変化や運動(なる概念)を成立
させた、と。それは違うのでは?といっているのである。
抄録氏も認めるように変化や運動しかない。にもかかわらず、そこから“不変”
という概念が抽出されるのは“自然”がそれを可能にするからではない。
抄録氏のいう“自然”と“論理”は共同幻想であり、不変という概念が流通し、
流布されたのは、たぶん一神教の広まった地域と重なるだろう。
しかし、この国では「不変なるものはない」というのが一般的(共同の)観念。
“自然”のかたち、概念は共同体ごとに異っているのである。
(ヒトの観念については、おいおいと)
0311考える名無しさん
2012/08/08(水) 17:26:23.090> 物質は状況に対応して自ら作動するわけですよ。
自ら動いているともいえないことはないが、状況のほうが主因である。
状況に逆らう能力がある場合に状況ではなく自らといえても、
それは状況に対応しているわけではない。
0312抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 17:28:33.640電子の質量は測定され、それを利用できる範囲で「ある」わけですよ。
貴方によれば電子に質量があるなら、それは力を持ってる、とそうなるんですか?
光子にもエネルギーは「ある」わけですよ。
しかしエネルギーが光子を光らせ、走らせているのではなく!
網膜と作用して光を感じさせ、また光速で走り、その特性(周波数とか)に対応する
エネルギーを持つ、この状況説明が適当とされる何ものか、即ち光子であり、
「何が光子を走らせているの?」とか、てんで話が噛み合わんのです。
あと、「力」はエネルギーじゃないでしょう。エネルギーを力と同一視しておられるなら
ゲームさんのそのエネルギーの理解はカラス君と同様「活力」に近い。
その曲解された「エネルギー」はしかし質量と等価とすることはできませんよ。
何度もいいますが、概念(≒言葉)は、それが適正に使われる状況があるんです。
世界は論理的にできてるんですよ。
しかしその適正な使い方を掴むのは容易ではない。
私の例え癖もたいがいにせんといかん。
またそのうち来ます。
0313考える名無しさん
2012/08/08(水) 17:29:07.930>凡そ物質が「法則」なんてものを気にしながら振る舞うかよ。
>物質の振る舞いをヒトが理解するときに、それは法則に沿ってるんだよ。
理解しなくても法則に準じるように収束するのが自然の原理です。
それは個々が法則に従うのではなく全体の繰り返しが淘汰されたときに
法則に従うということです。
0314考える名無しさん
2012/08/08(水) 17:32:59.210>人間も「モノ」なんですよ。
物質と「モノ」は違います。
人間を物質と呼ぶのなら分かるが、モノでは変すぎる。
>「ヒトにとっては法則に則っている」なら
>ヒトがいなけりゃどうなるの?物質の振る舞いは変わるの?
ミクロ的に法則に沿っていなくてもマクロ的に法則に沿っている場合に
ミクロ面のみを誇張することですか?
0315抄録 ◆xOLbFG9QNU
2012/08/08(水) 17:35:11.490んー
その「状況」を作りだしているのが、これまた物質だろう、
と、そう考えているのですよ。マッハ原理的な感じで。
表が裏であり、裏が表であり。。。。
・・・この喩えはちょっとひどいね。本質はぜんぜん違うのだろう。
貴方もちょっと考えてみて下さい。
0316考える名無しさん
2012/08/08(水) 17:37:25.9700318考える名無しさん
2012/08/08(水) 17:48:06.510今日俺の誕生日wwwwwwww
誰も祝ってくれなくて涙目wwwwwwwww
誰か祝ってくれwwww
寂しいお(´;ω;`)ブワッ
0320考える名無しさん
2012/08/08(水) 18:10:25.900ネット越しの空虚な祝いの言葉なら簡単に掛けてやれるが
そんなもので君の寂しさは紛れるのかい?
そも、誕生日とは本当に祝うべきものか?
哲板の住人なら哲学でもやって紛らわすがいい
0321Absalom ◆owNN8RDlXo
2012/08/08(水) 18:10:35.340君が生まれた日が輝いていますように
0322Absalom ◆owNN8RDlXo
2012/08/08(水) 18:13:44.0000323Absalom ◆owNN8RDlXo
2012/08/08(水) 18:18:14.7200324ゲーム
2012/08/08(水) 19:21:19.010結局、抄録氏もエネルギーの“存在”を認めているではないか。w
力は“存在者”を貫徹している、何かが「ある」のなら、それは“力”として
「ある」といっているのだが。“力”は質量もしくはエネルギーとして「ある」。
ちなみに、エネルギーでないのなら、光を走らせているのは何?
抄録氏の観念世界は、抄録氏からみて論理的かもしれないが、他者からみれば
妄想的な物質教かもしれず、そう単純ではないのである。w
力は差異、布置、変化、運動としても発現する。
抄録氏の崇める物質は、力の一つの様態である。
ここまでなら“唯力論”だが、質量にもエネルギーにも還元できないものが「ある」
のではないか。“意識”である。
たしかに感覚し、知覚し、思惟し、推論する(つまり意識する)ためにはエネルギーを
要する。しかし、その意識“内容”には質量もエネルギーも「ない」のではないか。
0325考える名無しさん
2012/08/08(水) 19:25:27.290>その「状況」を作りだしているのが、これまた物質だろう、
浅いな、物質の存在だけでなるわけではない。
主因はその物質の状況(配置関係)であって物質そのものが主因ではない。
何故なら場合によっては物質の置き換えによって同じ性質となることがある。
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