草津温泉の恩人エルヴィン・フォン・ベルツ

草津温泉を再発見、世界に紹介した人物でもある。1878年(明治11年)頃より草津温泉を訪れるようになり、
「草津には無比の温泉以外に、日本で最上の山の空気と、全く理想的な飲料水がある。
もしこんな土地がヨーロッパにあったとしたら、カルロヴィ・ヴァリ(チェコにある温泉)よりも賑わうことだろう」と評価する
1890年(明治23年)、草津に約6000坪の土地と温泉を購入、温泉保養地づくりをめざす。

1903年 明治36年 草津町で大火災発生 町ごと燃え尽きる

エルヴィン・フォン・ベルツ博士「大災害ですがこれは天恵です。なにも無くなった事で本物の温泉街を作れます
土地の区画整理をしなおしてカルロヴィ・ヴァリを超える世界一の大温泉街を作りましょう」

草津町の人の声「死ね」「世界一の温泉街ねぇ。ま、取り敢えずその感覚、少なくとも「普通」では無いから」
これがぼくのかんがえたかんこうせんりゃくー」「「うぜー」「まんじゅう屋がウザい」「馬鹿?」「すげー早口で言ってそうwwwww」

ベルツ博士「( ^ω^)・・・」

失意の中 1905年(明治38年)にドイツへ帰国 二度と草津温泉の宣伝部長に返り咲く事はありませんでした