極普通の人が実は獣なんだ
でも普通の人達はみんな「わたしは聖なる者」と思い込んでる
なぜなら、自分が罪を侵してることに気がついてないから

自分のことを聖なる者とみんなが思い込んでるから
当然「わたしは救われるにふさわしい」と思い込んでる
つまり獣が救われると思い込んでるんだ

救世主を見分ける特別な証を
探し出そうという着眼点が既に間違えてる

見るべき点は自分の中に潜む獣
頭の中や心の中にある偽りを認めないと
罪を見つけ出せない
罪が分からないと善が分からない
善が分からないと真実が分からない
真実が分からないと救世主が
どういう存在なのかも分からない

救世主を見つけるための目は
自分の中にあるということ