「あなた、お帰りなさい」

帰るなり妻の甲高い声が頭に響いた。このところ残業続きでろくに睡眠もとっていない。
狭苦しい玄関で、最近膨張気味の腹と格闘しながら靴を脱ぎ、「ああ」とか「うん」とか
生返事をする。

「ご飯にしますか、お風呂にしますか」
「風呂、入っちまうよ。」

ろくに妻の顔も見ずに脱衣所へ向かう。まぶたが猛烈に重い。湯船の中で眠ってしまいそうだ。

よくある夫婦の実像。倦怠期もとうに過ぎて、妻をないがしろにする事すら日常になりつつあった。

(こうなることを予測しながらあいつは俺と一緒になったんだ)

呪文のように独りごちて湯船に足を入れた途端、ピエロのように風呂場で飛び跳ねてしまった。