まず、遠藤義之(二十九歳)は、失踪者の写真を手に山中温泉で必死の聞き込みを
展開した。平地での聞き込みが終わると、坂を上って山の中腹にある旅館を探し歩く。
道には街灯がなく、懐中電灯を持っての捜索だ。
 午後十一時を回ったころ、目のまえに五階建て(部屋数六十程度)の中規模の旅館が見えた。窓には薄明かりが灯り、仲居さんが廊下をせわしなく往来している。
 駐車場を横切り、正面玄関に向かう。
 玄関のガラス扉を押して旅館の中にはいった。その瞬間、暗闇が彼を襲った。さっきまでこうこうと電気が灯り、人の気配があったのに・・・。
 彼は、なにも見えないところに、ポツンと一人で立っていた。本人もいったい何が起こったのかまったく状況がつかめず、玄関の前で消した懐中電灯をふたたびつけた。
 周囲を見回すと、クモの巣が張ったブロンズのビーナス像が見えた。
さらに奥に進むと、瓦礫や古タイヤが乗ったフロント台が見えた。あたりの窓ガラスはすべて割れ、床には板くずや食器が散乱している。
 ここでやっと彼は、朽ち果てた廃墟に足を踏み入れたことに気づいて。そして、さっきまで薄明かりや人の気配があったことを思い出した!
『うわぁ、幽霊だ!!』声にならない悲鳴を上げる。
腰が抜けそうになりながらガラス扉から抜け出、フラフラしながら坂を駆け下りた。