【何もないとか】鳥取の心霊スポット【言わないで】
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0001本当にあった怖い名無し
2006/10/11(水) 01:50:35ID:KurfIO1k0有名な幽霊ホテルや、人形峠の伝説など、地元民の情報求む!
0460立見峠は・・・ その1
2006/12/01(金) 23:35:31ID:0fHACgcv0生まれてから高校卒業するまで鳥取にいました。今は新潟に住んでいます。
こういうスレがあるのはうれしいですね。
>>342 >>377 >>409
立見峠の話が出てますが、ここでは私もちょっと不思議な体験しましたよ。
これから書きますが、前置きがちょっとあるのでお付き合いください。
0461立見峠は・・・ その2
2006/12/01(金) 23:43:23ID:0fHACgcv01560年頃(織田信長がデビューした頃)、鳥取城に拠って守護・山名氏に反旗を翻した武田高信が、山名氏と戦った戦場でした。
若き武将・山名弥次郎は、高信の挑発に乗り、居城・布勢天神山城(今の緑風高校)を出て武田勢を追い、単騎で立見峠にさしかかりました。
と、その時、武田勢の伏兵が弥次郎の退路を断ち、逃げ場を失った弥次郎は「雑兵の手にかかるよりは」と頂上近くの窪地で自刃して果てたといいます。
以来、風雨のすさまじい夜には山名弥次郎の亡霊が立見峠をさ迷うようになりました。
弥次郎の亡霊は黒い馬にまたがり、甲冑に白い鉢巻を着け、轡の音も高らかに虚空を駆け抜けたと言います。
恐怖した本高の村人が弥次郎の怨霊を鎮めようとして建立したのが、峠の頂上にある神社=立見八幡です。
立見八幡の境内には、弥次郎の供養塔が今でも残っています。
(つづく)
0462立見峠は・・・ その3
2006/12/01(金) 23:49:37ID:0fHACgcv0当然この怨霊伝説のことも知り、立見八幡と山名弥次郎の供養塔をカメラに収めたくなりました。
そして夏の暑い日、自転車をこいで立見峠に向かいました。
セミがうるさいほど鳴いていましたが、立見八幡はうっそうとした感じで、いかにも由緒ありそうな感じでした。
山名弥次郎の供養塔はすぐに分かりました。
やや薄暗かったですが、カメラにはわりと自信があった(小4の頃から写真を撮ってました)ので、注意深くシャッタースピードや露出を決め、数枚撮影しました。
そして神社や峠の風景もフィルムに収め、現像に出しました。
現像された写真を見て、あっと驚きました。
(つづく)
0463立見峠は・・・ その4
2006/12/01(金) 23:55:03ID:0fHACgcv0その時は「薄暗かったから失敗したんだな」と納得して、また立見峠に撮影に向かいました。そして供養塔や八幡、峠の風景なども再び撮影しました。
そして・・・現像された写真には、またしても立見峠関係の写真だけが映っていなかったのです。
この時は、写真屋のおじさんにどうして撮影されていないのか、現像されていないのかを聞いてみました。
写真屋さんは「この数枚のカットだけ強い光に感光してしまっている」との返事でした。
境内は薄暗かったのに・・・
0464立見峠は・・・ その5
2006/12/01(金) 23:59:31ID:0fHACgcv0そして今度は父に撮影を頼みました。父もカメラ好きで、高級機を使いこなしていたので、「父なら失敗写真は撮らないだろう」と考えたためです。
父は自分の高級機とオートフォーカス機、そして私のカメラを使って、周到に撮影してくれました。
そして・・・またしても結果は同じでした。
弥次郎の供養塔の写真は強い光に感光しているということで、映っていなかったのです。
(つづく)
0465立見峠は・・・ その5
2006/12/02(土) 00:07:43ID:HgNLieYc0私は、供花と線香を用意して4たび立見峠に向かいました。
そして、きちんと八幡さまに賽銭をあげ、供養塔に花と線香を供え、両手を合わせて「写真を撮ることをお許しください。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」とお祈りしてから、シャッターを切りました。
現像された写真には、やや薄暗かったのですが山名弥次郎の供養塔が映っていました。
この話は、ただ単に私の撮影技術の不足が招いただけのことかも知れません。
でも、弥次郎関連の写真だけ何度も何度も失敗するなんて不思議でしょう?
特に、きちんと礼を尽くしてお参りした後は撮影できていただけに、霊や魂には興味本位で接してはいけないと、あれから30年近くたった今も思います。
1978年の熱い暑い夏の思い出です。
長文をお読みいただき有難う御座いました。ほかにもいくつか鳥取の怖い話を知っていますので、それはまたいつか書き込みします。
0466立見峠は・・・ 補遺
2006/12/02(土) 00:13:25ID:HgNLieYc03年前の夏、鳥取に帰省した時に『歴史と伝説の里』というテーマで湖山池周辺や立見峠を収録しました。
もちろん賽銭と花と線香をお供えして立見八幡と山名弥次郎の供養塔も撮影しました。
その時気づいたのですが、立見八幡の御幣(あの和紙を切って作るヒラヒラの飾り)は白と黒なんですね。
御幣は白色だとばかり思っていたので、黒い御幣は「いかにも怨霊鎮めの社だ」という感じでした。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています