家を抜け出して、春の夜中に、とぼとぼとぼとぼ。
歩き続けて、いつのまにか地域では有名な、古い桜の木の下へ。
これが見事な桜でね、盆栽の松のような見事な枝ぶりで、
住人の思い出や記念の場所として、とても愛された木だったんだよ。
んでおかんも、事あるごとにその桜のある場所に行ってたらしいわ。
その桜がまた満開でね、月明かりに桜がはらはら散るんだよ。
街灯のない時代に、その桜の白い花びらがぼんやり見えるのがまた綺麗で、
「もうこれで見納めやなぁ。あんたにどれだけ慰められたか・・・
・・・・・今までありがとう」
って泣きながら桜に話しかけたら、ふと背後から
「こんばんわ」
振り向いたら、笑顔いっぱいの四角い顔したおじいさんがいたそうな。
真夜中。おかんの手には赤ん坊。
懐中電灯も持っていないおっさんが、暗がりで笑顔。
普通だったら恐怖だよ、女だし。これから自殺するってのに変だけど。
けど不思議と、恐怖っていう感情がわかなかったそうな。
んでその見知らぬおっさんに、
「子供が風邪引くわ、はよ帰り」
って言われて、腕の中見て帰らなきゃと思ったらしい。
心中しようとした人間が、これから殺す子の風邪ぐらいって思うだろ?
おっさんの肩を横切ったところで、おかんも↑に気付いたらしい。
それで振り返ったら、笑顔のおっさんがいないの。桜の木があるだけ。
ちなみにおっさんは死んだ曽祖父(写真が飾ってある)でもなけりゃ、
地域住人でもない。

今はその桜の木も、住人の反対の声も空しく、工事の関係で切られたけど。
桜の精っていうのかな? あるんだな、こういうの。おかげでおれ生きてるし。
以上、おかんの昔話でした。
長々すんません。