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【論説】 香山リカ 「ネットのせいで、『善意の社会活動してる人たちなど、世の全てには裏がある』と思う傾向が増幅」★2

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0001☆ばぐ太☆ ◆JSGFLSFOXQ @☆ば ぐ 太☆ Mkつーφ ★2012/04/02(月) 15:42:51.79ID:???0
・社会活動に取り組んでいる人に、聖人君子像を押しつけるきらいがないでしょうか。
 善意の社会活動と少しでも矛盾しているところが出てきた瞬間にことさら取り上げ、彼らが
 行っている活動そのものまで否定する傾向が見られます。

 たとえば、社会活動をしている人が酒に酔って女性を口説いたり、合コンに繰り出したり
 しようものなら、即座に批判が飛び交います。
 「やっぱりアイツは女遊びが好きで、アイツがやっている社会活動はこういうことをやるための
 手段だったに違いない」

 社会活動をする人が聖人君子でなければ、「何か裏がある」「どこかからお金が流れている」と
 見られてしまう風潮です。それがお金なのか名誉なのか女なのかはともかく、自分の欲望とは
 無縁の社会活動などあるわけがないという、不信感が非常に強いのではないでしょうか。

 これらの活動を仏教やキリスト教など、宗教的な信念から行っている人であれば、周囲から
 批判を受けることなく意外とすんなり認められます。また、家族や友人などが不幸な目に
 遭った人がそれらの活動をするのであれば、わかりやすい動機として受け入れられるようです。
 しかし、そうした背景のない人がお金や名誉のためではなく、あえて損な役回りを引き受ける
 ことなどありえないと考えられてしまうのでしょうか。むしろ、裏がない人は怖がられる存在
 なのかもしれません。

 社会活動をしている人は、決して聖人君子ではありません。
 聖人君子である必要もまったくないと思います。しかし、聖人君子でなければ何か裏があると
 見られてしまうと、これは現代の不幸と言わざるを得ません。

 元内閣府参与で反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さん。現内閣府参与で自殺対策支援
 センターライフリンクの代表を務める清水康之さん。(>>2-10につづく)
 http://diamond.jp/articles/-/16860

※関連スレ
・【論説】 香山リカ氏 「橋下氏個人を病気とは言ってない。熱狂的支持者に社会病理性を感じてる」「テレビ討論より、文章で回答を」★2
 http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1327281353/
※前:http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1333336867/
0002☆ばぐ太☆ ◆JSGFLSFOXQ @☆ば ぐ 太☆ Mkつーφ ★2012/04/02(月) 15:43:05.96ID:???0
>>1のつづき)
 お二人ともマスコミで脚光を浴びている方々ですが、お付き合いしてみて感じるのは、彼らが
 お金や権力や名誉に対する欲がまったくなく、貧困に苦しむ人、自殺に追い込まれる人を
 何とか減らそうという純粋な気持ちで活動しているということです。

 しかし、湯浅さんも清水さんもときに多くのバッシングを受けます。
 内閣府参与は、個別の部屋が与えられるだけで無給です。活動のベースとする組織からも
 十分なお金を得ていません。
 湯浅さん、清水さんはバッシングに対して「傷つきますよ」「ヘコみますよ」と正直に
 吐露しています。言いたいヤツには言わせておけ、何を言われても気にしないという
 頑固な姿勢ではなく、私たちと変わらない普通の人間が自然体で活動しているだけなのです。

 かつての社会活動家のなかには、自分は正しいという妄信的な信念があり、それを表に
 出すタイプの人がいました。彼らの多くは、自分の活動を誇らしげに語り、周囲を巻き込もうと
 積極的にアピールします。

 しかし、湯浅さんも清水さんも自分の弱さをよく知っていて、しかも「みんなも私たちと
 同じことをするべきだ!」と押し付けるようなところがないのが、新しいタイプの社会活動家です。

 マスコミの人に聞いても、彼らは取材してほしいとも言わず、取材に行っても取材陣を強引に
 引きずり込むようなことはしないそうです。批判する人たちから見れば、かつての社会活動家の
 類型に当てはまらないところが得体の知れないところなのかもしれません。

 1980年代から90年代にかけて、テレビが変わったという印象があります。「夕やけニャンニャン」や
 「オールナイトフジ」などの番組で、製作側の裏側を隠さずに番組に出すようになったことです。
 番組に出るタレントも「スポンサーはこう言っている」「一番偉いプロデューサーが
 こうしたがっている」「広告代理店の力が強い」ということをわざと表面に出して面白おかしく
 演出していました。これによってテレビとは、制作者が本当に見せたいものを見せているとは
 限らず、いろいろな立場の人や会社の意向や思惑によって決まるという「裏側」を一般の
 視聴者に見せたのです。(>>3-10につづく)
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