東南アジアのイスラム サウジ影響、一部過激化=日本貿易振興機構アジア経済研究所長・白石隆
https://mainichi.jp/articles/20171114/ddm/004/070/076000c
毎日新聞2017年11月14日 東京朝刊

 東南アジアでは、フィリピン南部でも、インドネシアでも、マレーシアでも、
 タイ南部でも、経済が成長し、教育が普及し、中間層が拡大するにつれて、
 自覚的に敬虔(けいけん)なイスラム教徒になろうとする人たちが増えている。
 その人たちの圧倒的多数はイスラムの教えにしたがって良きムスリムとして生きようとする人たちである。
 しかし、時とともに、そういう人たちの中から、実践されるべきイスラムとは、聖者信仰などを否定した
 「正しい」イスラム、あるいは「初期イスラム」の時代に「先祖・先達」
 が実践したようなイスラムであると考えるサラフィ主義者、さらにはイスラムを政治的イデオロギーとして選択し、
 イスラム国家建設のためには軍事的手段も許されると考えるイスラム主義者も増えている。

 それがどういうことか、一例をあげよう。
 かつて私はインドネシアのジャワ島にある古都、スラカルタの町で調査をしたことがある。
 この町は左右の急進派勢力の強いところで、2000年代にはバリ爆弾事件をはじめとする
 一連の爆弾事件を引き起こしたジェマ・イスラミアの本拠地だったところでもある。

 1980年代はじめ、私がこの町ではじめて調査した時にも、敬虔なイスラム教徒の地区はもちろんあった。
 しかし、そこでも、女性がみんなスカーフをかけているのが目立つ程度で、
 私のような異教徒がいても、特に敵意を持った目で見られることはなかった。

 しかし、2001年の9・11「同時多発テロ」のあと、ここを訪れた時には、雰囲気はまるで一変していた。
 女性はみんなサウジアラビアの女性のように、目だけを除いて全身を黒装束で包み、住民は
 「ここはおまえのような異教徒の来るところではない」といった目で私を見ていた。
 本屋には、エジプトで禁書になっている本も含め、アラビア語からインドネシア語に翻訳されたイスラム主義の書籍が並び、
 国際テロ組織「アルカイダ」を率いたウサマ・ビンラディン容疑者のポスターがあちこちに貼ってあった。