>「あ…その、だな」

意外にも、マキアーチャは抵抗しなかった。むしろうっとりと自分を見つめ‥その眼に敵意の色はない。
知らずに【魅了(チャーム)】のスペルでも使ってしまったのだろうかと疑うほどだ。
種族は違えど所詮は雄と雌。身体を求めあうは自然の摂理か‥
マキアーチャの顎に手をかけ、唇に自分のそれを重ね合わせようと近づき‥‥寸前で止めた。愉しみは後だ。

赤ワインを数本、食材をいくつか籠に取り、最上階の医務室に向かった。
続き部屋になっている厨房兼食堂のテーブルに籠を置く。手伝おうとするマキアーチャを手で制し、準備に取りかかる。
まずは‥‥暖炉の火を厨房の炉辺に移す事からだ。


ほどなくしてテーブルには宮廷料理と見紛う出来栄えの皿が並べられていた。
メインはもちろん獲りたてのジビエだ。ローストした鹿肉のオレンジソースかけ。骨付きの赤ワイン煮込み。
付け合わせは香草のサラダ、パセリを散らしたポタージュ。
デザートは中庭の百合根を使ったオリジナルのターキッシュ・ディライト(=トルコのロクムに相当)。
どれも皇帝付きのシェフ直伝だ。
初めて人間の料理を口にしたときの感動が忘れられず、頭を下げ頼み込み仕込んでもらった結果だ。
見事な細工の銀の燭台と食器がテーブルの料理を引き立てている。
あのドワーフに感謝しなければ、と胸で十字を切る。
「聖なる糧に大いなる喜びと感謝を」
ナイフを手に取った。彼女の口に合うといいのだが。

グラスを触れ合わす音。ナイフを入れる金属音。燭台の蝋燭の‥ゆらめく炎の音。
普段の食事ではあり得ない音の数々を彼は愉しんでいた。窓を打ちつける雨音までも二人を祝福しているように感じる。
ワインが1本、2本と空くにつれ‥二人の距離が狭まる。当たり障りのない会話。こんな夜もあっていい。

食事が済み、皿を水場に運ぶ。またしても手伝おうとするマキアーチャを止め、皿を四角い箱のようなものに押し込める。
【水魔法】を用いる食洗器だ。皿の数が多い時は便利だ。
額の五芒星から放たれる光が黄色に変わる。これが赤くなった時‥魔力は底をつく。今日は少々使いすぎた。


ゴトリ‥と弓を置く音。‥つまり、そういう事だ。
目的など初めから無い、という彼女の言葉は本当ならば‥友に夜の帳(とばり)に感謝するべきだ。
寝台に横たえる身体に蝋燭の明かりが艶めかしく映る。手首を掴み、優しく組み敷く.。ギシリ‥と寝台が軋む。
そっと唇を合わせた、その時。

【亜人、客だ】

――――――いいところで‥‥!!と言いかけて全身の力が抜けた。賢者の辞書に「気遣い」という言葉は無いのだろうか?
ぐっと壁の一角を睨みつつ寝台から離れた。長いため息が出る。
賢者の声は彼女にも届いている筈。だが説明は後になりそうだ。

「共に来るか?招かれざる客かも知れないが」
腰のベルトに鞭の束を差し込みながらマキアーチャを促した。