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可哀想
二俣事件の捜査
1950年1月6日に発生した二俣事件では、国家地方警察静岡県本部二俣警察署の刑事として捜査に当たっていた。事件から40日が経過し未だ犯人を特定できない中、山崎が担当したある少年のアリバイが無かったことから捜査の目が少年に向けられた[4]。しかし、改めて山崎は少年のアリバイを調べたところ、その少年にはアリバイが存在したため、少年にアリバイがあったことを山崎は捜査主任をしていた紅林麻雄警部補へ報告した[4]。

しかし、捜査会議で紅林は「永年の第六感では犯人に間違いない」と宣言し、少年を別件逮捕する[4]。逮捕された少年は、警察署裏にある土蔵で連日拷問を受け、自白を強要された。当時はまだ食糧難が続いており、酒が満足に手に入る状況ではなかったが捜査本部には「陣中見舞い」として酒が多数差し入れられていた。事件の担当判事が酒を目当てによく警察署に来ており、その判事と刑事たちの会話の中で少年に死刑判決が出る見込みであると聞き、山崎は自身の示唆によって無罪の少年が苦しむことになったのを後悔し、少年を救うために拷問捜査の告発を決意する。