>>586
20家族ほどの保護者が児童を迎えに来て、名簿に名前を書き帰宅していった。大津波警報が出ていることを報告した親もいた。


最終的に三角地帯に避難することになり、教職員と児童らは地震発生から40分以上たってから移動を開始した。防災無線は「海岸線や河川には近づかないでください」と呼びかけており、このとき既に、町の側溝からは水が噴き出し、堤防からは水があふれ始めていた[18]。