>>349
元デイリーテレグラフの東京支局長コリン・ジョイスはこう言ってる

「君主の『政治的中立』は、彼らの影響力の要(かなめ)になっている。
世事のつまらない論争の『上』や『外』にいると見なされているからこそ、
分断された多様な国家の象徴と認められるのだ。
君主制のこの強みは、共和国の人々にはほとんど理解されない。
彼らは国王や女王を、過ぎ去った過去の『遺物』、あるいは平等主義への
侮辱と考えるかもしれない。しかし、天皇や皇后が東北の被災地を訪れることと、
ジョージ・W・ブッシュ米大統領(当時)が洪水に見舞われたニューオーリンズを訪れる
ことには天と地ほどの差がある(ましてや銃ロビー団体の言いなりのドナルド・トランプ米大統領が、
銃乱射事件の1つに哀悼の意を表明することとの差は、言うまでもない)。
エマニュエル・マクロン仏大統領が、昨年末からパリで繰り返されている暴動を鎮めようと呼び掛けても
説得できない大きな理由は、人々はマクロン自身の政策に抗議しているからだ。
そのような場合、国家に中立的な君主がいることには、明らかに価値がある」

つまり君主制が存在することは、その君主が一切政治的権力を離れた象徴的権威である限り、
どんなに政治的に社会が分断しても、政治と離れた象徴的権威の存在によって
最終的に国が分断されるところまではいかないよう抑える機能がある

これが大統領制になると、政治的権威と象徴的権威が一体化するために、政治的対立による
社会の分断がそのまま国の分断に繋がっていってしまう
今のアメリカの分断状況、特にトランプ政権以降を見れば明らかだろ