慶應は通信に力いれないのは、いまの経営幹部、教員などが勘違いしているから
ではないか
もとはといえば、創設者が通信教育部の前身をつくり、理念をもって運営していたこと
忘れて教育機関としての本分をわすれたところに原因がある

早稲田は学費はたかいが、それなりに工夫しているし、他にもメディア授業など
工夫している大学通信教育はたくさんある
慶應には工夫というものがまったくない。
スクーリングも参加しやすいとはいいがたいし、テキストももう何十年も改訂していない
ものがたくさんある。
試験の回数もすくなすぎなど、どうみても手抜き、どうでもいい存在としかみていない
と思われるようなやりかたしかしていない
慶應という名前にあぐらをかいている状況だろう