政策系大学・大学院について
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0067中葉
NGNG> 押し立てると、未来予測する時やそれを人に説明する時などに問題があります。
実際問題としてこういう状況はとても切ないですね。私もしばしば直面します。
辛いとは言っても、私は国際経営学という異文化マネジメントをコアとする学問領域を
専攻しているので、この課題を操作可能にする努力を放棄することはできません。
片岡幸彦編、人類・開発・NGO、新評論、1997, pp.54,101,117,118,120 には、
ティエリ・ヴェルへルスト氏(ベルギーのNGO、文化と開発・南北ネットワーク代表)、
斉藤千宏氏(日本のNGO、シャプラニール運営委員)、河村能夫氏(農村開発論専攻)、
山折哲雄氏(宗教学専攻)の間で以下のような議論が闘わされたことが収録されています。
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ヴェルヘルスト氏は、文化を英語で言うcoping system(対抗手段)、つまり問題解決の
ための一連の方法論というふうに捉えるべきではないかと考えている。つまり文化は、
人間社会を取り囲むさまざまな問題に対して、伝え、採用し、あるいは新たに創造する
複雑な解決策の全体である。そして、これには3つの要素があり、第一は、さまざまな
価値と宗教、それに原型的象徴(archetype symbol)、第二に、社会関係、機構、社会的な
人間関係、第三に、農業、漁業、建築などである。一方、斉藤氏は、開発論の中に
文化という要素を入れる場合、文化というものをより現場で使える指標・ガイドにしていく
には、一つひとつの文化、社会が何をもって幸せと感じていくか、それを作っていく方法論、
開発の当事者が、自分たちはこういうやり方なら満足するんだというその方法を抜かしては
ならない、と指摘している。また、山折氏は、近代化とか開発とか、西欧の考え方の
根底には進化論がある、環境、公害、人口爆発等々が発生した現段階においては、
進化論的な考え方が根本的な限界に突き当たっている、私は、ヨーロッパの人間にその考えを
捨て去って欲しいと思う、と発言した。 (あと続きます。)
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私の言いたいことは、総合政策学は専門外ですからとやかく言いませんが、国際経営学は
文化に関わる問題を敬遠したのでは、独自のディシプリンを主張できないということです。
総合政策学はもっと広いのではないでしょうか?私はそれを期待しております。
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