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JoyDivision

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0001Love Will Tear Us Apart 02/01/16 14:34ID:OHteMEv2
When the routine bites hard
and ambitions are low
And the resentment rides high
but emotions won't grow
And we're changing our ways,
taking different roads
Then love, love will tear us apart
again (4)

Why is the bedroom so cold
Turned away on your side?
Is my timing that flawed,
our respect run so dry?
Yet there's still this appeal
That we've kept through
our lives
Love, love will tear us apart again (4)

Do you cry out in your sleep
All my failings expose?
Get a taste in my mouth
As desperation takes hold
Is it something so good
Just can't function no more?
When love, love will tear us apart
again (4)
0736スティーヴン・モリス 2007/03/12(月) 22:07:56

「セレモニーか、あれは好きだよ。
眠りながらでも演れるし、買い物のことを考えながらだってやれる。」
0737伝説の名無しさん2007/03/13(火) 00:49:02
>>734>>735 はどっちが正しいのか気になるな
>>736 はワロタ
0738『Factory FAC 33』2007/03/14(水) 02:07:06

『セレモニー』 
7"シングルのグルーヴ・ノーテーション

A: "Watching forever"
B: "How I wish you were here with me now"
0739バーナード・サムナー2007/03/16(金) 00:48:19

『俺達の仲間は来れませんでした。
 俺達は這い回る混乱の唯一の生き残りです。』

(1980年7月29日-マンチェスター『ビーチクラブ』でのMC)
0740バーナード・サムナー2007/03/16(金) 00:54:41

「あれは俺にありがちなきっつい冗談だったんだよ。
 自分たちの置かれた状況を冷静に把握しようとしたっていうか。

 あれは、イアンが死んで2ヶ月位のときだろう?
 仕方なく、手持ちのインスト曲を全部やったのを憶えてるよ。
 あの場を切り抜けるには他に方法が無かったよね。」

「形容するとしたら『身の毛がよだつ』ってのがぴったりかな。
 ……まさに試練って感じだった。
 左腕を切断した直後にプールで泳ごうとする、みたいな。
 辛かった。
 文字通り『痛かった』よ。
 ったく、もう一本腕があった方がまだましだったよっていう。」
0741ピーター・フック2007/03/16(金) 00:57:08

「どの曲をやったかは全っ然、思い出せないけれどよ。
 正直言っておっかなくてちびりそうだったからさあ。

 ホンットちびるかと思ったよ。
 自信なんてかけらもないしさ。
 演奏を楽しむなんてのとはかけ離れたもんだったよ。」
0742バーナード・サムナー2007/03/16(金) 02:05:35

「ジョイ・ディヴィジョンの歌をやらないっていうのは難しいことさ。
 でも、それは本・末・転・倒だよな。」

「俺たちがイアンと一緒にジョイ・ディヴィジョンに注ぎこんだことをやるのは本末転倒だろ。
 だってイアン無しには、もう同じ歌じゃないんだから。」
0743ジリアン・ギルバート 2007/03/16(金) 02:09:02

「あんな大変なときにマンチェスターでギグをやるのは変な気分だったと思うわ。

 ジョイ・ディヴィジョンのことはみんな知ってるでしょ。
 それが3人だけになって少しいびつな三角形を作ってるんだもの。
 すごい違和感だった。

 みんな目を見開いて待ち構えてた、何が起こるんだろうって。」
0744ピーター・フック2007/03/16(金) 02:16:55

「それ(バンドの解散)は最後に考えることさ。

 俺に何ができるっていうんだい?俺はミュージシャンだ。
 それが俺のできる全てさ。

 イアンが死んだからって、俺が音楽を諦められるかい」

「バンドを続けるってことは最も自然なことなんだ。
 そこには何の疑いもなかった。

 そう、イアンの死は驚きだったよ。まったく予想していなかったことさ。

 あの事があった後で最初に皆と会ったときは、もちろん時間も短かったし、とても苦しかった。
 でも俺たちは続けていかなきゃならなかった」
0745ピーター・フック2007/03/16(金) 02:32:23

「若さの素晴らしいところは、何でもすぐ忘れることだよね。
 悲しみとかさ。 
 言い訳するわけではないけど、若い頃って、物事を乗り越えることが出来るんだ。
 俺達はまだ23歳で、心の奥底に記憶しつつ、日々の生活に戻ったと思う。

 新しいバンドもあったし、ジョイ・ディヴィジョンの成功もあったし、
 イアンの死に打ちひしがれることなく、日常生活に戻ることが出来たんだ。
 勿論あれは最悪の出来事だった。」

「それに、たくさん仲間がいたからね。
 肩を寄せ合って、慰めあう仲間がいたんだ。

 バンド・メンバーは3人残ってたし、マネージャーもレコード会社もいた。
 それに『それでも人生は続く』と考えていたし。

 親しい人を失った時、そういう支えがいつもあるとは限らないけれど。」
0746スティーヴン・モリス2007/03/19(月) 00:33:53

「ジョイ・ディヴィジョンのままで続けるならイアンのいた時と較べられ重圧も大きいだろう、
 そうする気はなかった。
 それで再スタートすることにした。
 今までの名前を変えることにしてね。」

「このバンド名はマネージャーのロブの提案だ。」
0747バーナード・サムナー2007/03/19(月) 00:39:47

「どうせファシストとの関係のことを言いたいんだろ、違うかい?

 事実は、俺達はこれは中立的な名前だと思ってたんだ。
 その後で起こったこと、話題になっちゃったことは運命みたいなものだよ。
 ただの偶然さ。
 あれには何の意味もない。ファシストなんかには関係ないんだ。
 全てをはっきりさせるために、君に今ここで言っておくよ」

「分かるだろ…。
 非難が沸き起こると、新聞なんかがまた勝手に騒ぎ始めるんだ…。
 奴らは自分で決めつけちゃうんだよ。
 僕たちはファシストじゃない…。
 たぶん、そんな事を信じてるのは2〜3千人ぐらいのもんだ。
 でも僕たちは政治には興味がない…。
 僕は政治に興味を持ったことは一度もないんだ」
0748スティーヴン・モリス2007/03/19(月) 00:43:20

「ポーランドを侵略したこともないしね(笑)」
 
「挑発しようという気はまったくなかった。
 ひどい名前やタイトル、歌詞に嫌気がさしただけ。
 言葉の使い方というのかな…。

 例えば『ウィッチドクターズ・イン・ジンバブウェ』なんてイヤだろう?
 だからこっちにさせていただいたってわけ」
0749ピーター・フック2007/03/19(月) 00:47:42

「名前を選ぶってのは個人的な問題じゃない。
 それはグループのためのもので、一人の人間が決めることじゃないんだ。
 みんなが同意するような名前を選ばなきゃならない。

 何か計画みたいなものがあったわけじゃないけど、
 俺達は『New Order』っていう名前にただ辿り着いたわけじゃない」

「名前っていうのは人に長いこと付いてまわるもんだろ。
 だから名前は正しいものでなきゃならないんだ」
0750ジリアン・ギルバート2007/03/19(月) 00:49:32

「どういう名前でも何か言われたわ。決めた当時は中立的な名前だと思ってた」
0751ピーター・フック2007/03/21(水) 13:22:27

「マネージャーのロブ・グレットンは俺たちに『お前らはみんなバカだから、黙ってろ!』って。
 『お前等が口をつぐんでりゃ、人は踏み込んでこないんだ』って言われて。
 そしてそれはまさにその通りだったんだよ(笑)。
 口を開かなきゃ足を突っ込まれることもない。
 そういうもんだよ。

 やることをやるって感じかな。」
0752パディ・コンシダイン2007/03/21(水) 13:25:22

「ニュー・オーダーとマネージャーのロブ・グレットンは固い絆で結ばれていたと思う。

 彼のマネージャーぶりはいつでも運任せだったようだ。
 スケジュールなど立てず即決型だったというのがいいね」
0753ニール・テナント 2007/03/21(水) 13:28:45

「ロブはすごい。
 ニュー・オーダーの中心的存在さ。

 普通のマネージャーは円滑に物事を進めようとする。
 彼はメンバーの苦労を増やす係だ。
 
 彼らが当初の理想を忘れないように。」
0754スティーヴン・ヘイグ2007/03/21(水) 13:33:45

「ロブの発言には興味深いものがあった。」

「演説するようなタイプじゃなかったが、時たま口にする短い言葉の中には、
 ジョイ・ディヴィジョン時代からのファンを大切にしようとする心遣いが感じられた。」

「ロブはジョイ・ディヴィジョンの後継者として当時のニュー・オーダーが持っていたブランド力の強さを知っていたんだ。
 ジョイ・ディヴィジョンが確立した名声や地位を引き継ぎ、
 それを土台にバンドをさらに成長させていこうという考えていたんだと思う。」
0755ロブ・グレットン2007/03/21(水) 13:36:18

(続ける動機は…)
「金だね(笑)」
0756スティーヴン・モリス2007/03/21(水) 13:38:33

「ロバートの提案でジリアンをバンドに入れた。」

「ロブを信頼する理由か………。分からないな。」
0757『プロセッション』2007/03/25(日) 21:34:29

『これで終わりじゃない
 僕は君の顔を見た
 でも、僕は全く気がつかなかった
 君は隠していたに違いない

 それが問題なんだ
 君の生き方はそんな調子だった
 君に見せようとした世界は
 君がいなくなって ただのモノクロになってしまった

 夜、寒くなって 僕は逃げ出したくてたまらなくなる
 逃げ道はふさがれて 君は引き返すことを望んだ
 たった一人で…

 これには終わりがない
 僕は逃げ出すことができない
 別のイメージ だけど状況は同じ

 動ける場所も
 目をそらしてみることもできない
 忘れるな 人生は不思議
 人生は日ごとにおかしくなっていく

 彼らがたとえ何と言おうと
 僕は一生懸命に努力してみる
 けれど、落ち着いた態度はとれない
 忘れるな 
 君の心臓は君を突き動かす 昼も夜も
 君の心臓は君を突き動かす 昼も夜も
 君の心臓は君を突き動かす 昼も夜も…』
0758ジリアン・ギルバート2007/03/25(日) 21:38:13

「81年ごろから参加したの」

「両親に反対されると思っていた。
 でも『やってごらん』と」

「みんな自分のやり方があって入り方が違うんだと思う
 私の場合はピアンや音楽のレッスンを受けたのがはじまり。
 同じ音楽だけど方法が違うの」
0759テリー・ホール2007/03/25(日) 21:43:31

「4人のバンドと聞いて頭に浮かぶのはビートルズなんだけど、
 僕は彼等のようになりたくないんだ。
 3人だとロックバンドらしくないだろ?

 でも4人でもトーキング・ヘッズのティナとかニュー・オーダーのジリアンのように
 女の子がいるバンドは好きなんだ。
 女の子じゃなくてもいいんだけど何か別のものが加わることによって
 ビートルズやU2、ドアーズと違うものになるからね。」
0760ジョニー・マー2007/03/25(日) 21:48:18

「ロックン・ロールってのは全く、男が集まって騒がしく夜繰り出すっていう音楽以外の何でもないと思うね。
 ギタリストだっていうだけの理由で、僕もそういう復古調ロックの一員なんだって、思って欲しく無いなあ。
 あんなの時代遅れで、性差別的で、人種差別的だったらありゃしない。

 ほんと僕なんか、ビッグ・カントリーのスチュアート・アダムソンやエッジなんかよりは
 ニュー・オーダーのジリアンとかPSBのクリス・ロウの方にずっと近いものがあると思うもん。
 うん、絶対そうだよな」
0761バーナード・サムナー2007/03/25(日) 21:58:24

「イアンの後釜は彼女しかいないと思ってた(笑)」

「ジリアンにはとても助けられたよ。
 彼女がいなきゃ、きっと沢山のことが不可能になっていただろうね。
 みんなやれるだけのことをやるだけさ。

 彼が死んだあと、俺たちはちょっと休みをとったんだ。色んなことを考えるためにね。
 とにかく、続けてゆくってことだけは確かだった。
 で、休みが終わったあと、僕たちはまた練習を始めたんだ」

「彼の死は驚きだった・・・。とてもショックだったよ。
 あまりにひどいことで、それが本当だなんてとても信じられない、
 本当だなんて信じたくない、そんな類のことのひとつだった。
 あの休みは、なんて言うか、色んなことを理解するための方法だったんだ」
0762バーナード・サムナー2007/03/29(木) 02:30:06

「あのことに対処するなんて俺にはできないだろうね。
 イアンの死は今でも俺に影響を与えてるよ。
 そして永遠にね。
 俺はあれを忘れることなんてできないだろうな。
 個人的に、友達として…。
 あのことは俺には大きな意味を持ってるんだ…。グループとは関係なく…、友達として」

「友情はつねに何よりも重要なものだ。それは音楽を作るものなんだよ」

「あいつは本当にいい友達だった」
0763ピーター・フック2007/03/29(木) 02:35:07

「あいつはいいヤツだったし、あいつの役割を果たしてくれた。

 俺達に教えてくれたことはあったけど、ヤツはもういないから、
 俺達は歩きつづけるだけさ」
0764バーナード・サムナー2007/04/04(水) 00:16:09

「今となってはジョイ・ディヴィジョンというバンドは、
 頭の中の奥にたたみこまれた意識みたいなものだよ。

 『夢』みたいなね」
0765『ドリームズ・ネヴァー・エンド』2007/04/04(水) 00:25:46

『僕との約束が君を悩ませ
 君の夢を終わらせたのかもしれない
 取るに足らない態度や詩が
 小さな兆しだったのかもしれない
 それが何なのか、僕等には決してわからなかったし
 気にも留めなかった
 避けることができた風景
 ほんのわずかな恐怖からも逃げられず
 価値観の変化がもたらされる

 君に与えられた視界は
 長く平和な夜に覆い隠された
 君の目に映る神経質な花嫁
 微笑は引き裂かれすぐに消え去る
 君の人生と魂が狂わせた愛
 残酷な地雷は仕掛けられた
 ハロー、君の愛と魂に永遠の別れを
 ハロー、君の魂に永遠の別れを

 今、僕はどうするべきかを理解した
 もう振り返らないし、無理やり進もうともしない
 僕等はこうした気持ちを改め、僕等は経験し、理解するだろう。
 けれど、彼がどんな悲鳴をあげていたのかは
 決して分からないだろう
 けれど、彼がどんな悲鳴をあげていたのかは
 決して分からないだろう
 けれど、彼がどんな悲鳴をあげていたのかは
 決して分からないだろう…』
0766ピーター・フック2007/04/07(土) 12:58:27
「最初のLP『ムーヴメント』はジョイ・ディヴィジョンからニュー・オーダーへの掛け橋だよね。
 
 『ムーヴメント』って要するに、イアンのいないジョイ・ディヴィジョン・アルバムなわけさ。
 それをしっかり完成させて初めて、自分達独自の道を模索し始めることが出来たんだ。

 その一番の立役者はバーナードだね。
 彼は歌うことを覚え、歌詞を書くことを学んだ。
 最初の4枚くらいは、ほとんどバーナードが書いてたね。 
 俺はヴォーカルラインに手をいれたりしてたけど、歌うのはバーナードだしね。 
 ニュー・オーダー初期は変動期だったね」
0767バーナード・サムナー2007/04/07(土) 13:04:13

「俺は『ムーヴメント』が大嫌いでね。

 初めて聴いたときから嫌いで、以後二度と聴いていない。
 まったく混沌とした状況下で作ったレコードだし、ああなったのも無理はないよ。
 ジョイ・ディヴィジョンも初期の曲はひどいものだった。
 でも、それがいい勉強になったんだ。

 初めて車に乗るのに似てるよ。
 それまで一度も運転したことがなくて、金属でできた巨大な箱の中にいると
 まるでそれが制御不能のように思える。
 交差点はやけに大きく見えるし、絶対どこかで衝突しそうな気がするんだ。
 でも10回くらい乗っちゃうと、今度は『なんだ、こんなものだったのか』と思うようになる。 
 ちょうどそんな感じだったね」

「俺個人としては、あのころ自信をなくしていた。
 次に何をするべきか、俺達には分からなかったしニュー・オーダーではうまくいかないだろうと思ってた。 
 自信が持てないと、先の見通しも暗くなるものさ」
0768ピーター・フック2007/04/07(土) 13:12:14

「『ムーヴメント』なんかは俺は曲自体はそんなに悪かったとは思わない。
 あれはプロデューサーの仕事が悪かったんだ。

 バーナードと俺はもっとロック色を強めたかったんだけど
 マーティンはもっとゴシックで泣きが入った感じにしたいって言って。

 マーティン・ハネットとはそういうことであまりうまくいかなくなったんだ」
0769ピーター・フック2007/04/09(月) 02:18:36

「すぐに次の曲ができた。
 一緒にいる時間が長かったんだ。ジョイ・ディヴィジョンは少なかった。
 だから自然とすぐに曲ができていった。ニュー・オーダーではすべてが違った。」

「キーボードが特徴だった。
 ハネットが使い方を教えてくれ、バーナードがすっかり体得し、
 スティーヴンはドラムの技術を上げ、皆それぞれ努力していた。

 俺もロッカーだったから、とにかくロックしたかった。
 ロックできればなんでも良かった」
0770ノエル・ギャラガー2007/04/14(土) 02:12:37

(お気に入りのニュー・オーダー・ナンバーは…)

「エブリシングス・ゴーン・グリーン」
0771『エブリシングス・ゴーン・グリーン』2007/04/14(土) 02:18:24

『助けて欲しい、誰か僕を助け出して欲しい
 自分がどこにいるのか分からない
 僕は目の前に用意された未来を想像する
 僕は思いのままに君を傷つけるだろう

 僕は以前にもここにいたような気がする
 僕は以前にもここにいたような気がする
 僕は以前にもここにいたような気がする
 僕は以前にもここにいたような気がする

 君への尊敬が混乱を生み出し
 神々しさが僕の目を覆う
 それは、この初めての君の裏切りが引き起こした
 僕は今まで誰かのことを軽蔑したりしなかった

 こんなやり方で君は償いたかったのか
 教えて欲しい
 どうか進むべき道を示して欲しい

 こんなやり方で君は償いたかったのか
 教えて欲しい
 どうか進むべき道を示して欲しい

 僕に教えて欲しい
 僕に教えて欲しい
 僕に教えて欲しい
 僕に教えて欲しい
 僕に教えて欲しい…』
0772バーナード・サムナー2007/04/14(土) 02:30:07

「『エブリシングス・ゴーン・グリーン』はセルフ・プロデュースに乗り出した第一弾だったんだ。
 イアンが死んだ後だったから、みんなイアンのことですごく落ち込んで、
 夜通し起きていて昼の光を見ることなく過ごしていたんだよ。

 マーティンは当時、本気でドラッグに手を出していて、何度も何度も同じ所をプレイしていた。
 全員がお互い様って感じだったけどね」

「あれが俺達最初のエレクトロ・レコードだったんだよね
 スタジオでふらふらしてたら古いオーヴァーハイム社製のシンセサイザーを見つけて、
 リズムボックスにつないでみたんだ。
 それをプロデューサーだったマーティン・ハネットがおもしろがって、さらにミックス用の機械に接続した。
 そしたらドラマーのスティーヴン・モリスがシンセを抜いちゃっててさ。

 偶然の接続のオン/オフが俺達をエレクトロニック・バンドにしたんだ。」

0773ピーター・フック2007/04/14(土) 02:37:53

「あの曲のことは何も憶えてないな。
 妙だ。

 でも憶えているのはロブが作った雪の玉がバーナードの着てたセーターに当たり、
 バーナードの叫び声がそのまま収録された」
0774トニー・ウィルソン2007/04/14(土) 02:45:07

「『Blue Monday』『Temptation』が転機となる曲だったと言われるが、
 本当は『Blue Monday』でも『Temptation』でもなく
 テクノの歴史で最も重要なシングルは『エブリシングス・ゴーン・グリーン』

 マーティンの曲だ」
0775スティーヴン・モリス2007/04/14(土) 03:04:57

「あれにマーティンは満足していたよ」
0776バーナード・サムナー2007/04/14(土) 03:11:49

「新しい方向性への第一歩が『エブリシングス・ゴーン・グリーン』だった」

「ステージでああいった音楽をやっていたのは
 クラフトワーク、スーサイド、キャバレー・ヴォルテール、初期のヒューマン・リーグ、
 それにニュー・オーダーくらいなものだったから、
 先駆者あつかいされていたのかもしれない。

 テープやリール、エコーやシーケンサーをいじくり回すってのはダンス・ミュージックでは
 とっくにあたりまえのことだったんだけどね。

 みんな、そこに未来ありと感じてたんだけど、まだ当時は道具がなかったんだ。
 だからテープを切り貼りしてたんだけど、サンプラーと違ってアクシデントがいっぱい起こるから
 かえってよかったんだよ。」
0777スティーヴン・モリス2007/04/15(日) 09:31:32

「イアンはクラフトワークに、かなりはまっていた。」


0778バーナード・サムナー2007/04/15(日) 09:36:35

「昔、イアンがクラフトワークの曲をリハーサルの時にかけてた
 『いい曲だ』と。
 ステージに立つ前に演奏したりもした。

 シンセサイザーはイアンの影響なんだ、彼が『道を示して』くれたのかも…」
0779伝説の名無しさん2007/04/15(日) 09:37:41
いつもありがとう。楽しみに読んでます。このスレ好きだ。
0780伝説の名無しさん2007/04/17(火) 11:53:38
今まで敬遠してたけどニュー・オーダーも聴いてみようかな
0781ティム・バージェス2007/04/19(木) 02:21:26

「僕がニュー・オーダーを知ったのは『エブリシングス・ゴーン・グリーン』が出た時のことで
 その曲を聴いたことについては思い出せないんだけど
 その後で、僕は『テンプテーション』を買って、それにぶっ飛ばされたんだ。
 それからすぐに彼らの今までの作品を全部買い揃えた。

 ジョイ・ディヴィジョンを聴くには僕は幼すぎた。
 イアン・カーティスの自殺や、一連のジョイ・ディヴィジョンの神話はちょっと憂鬱すぎたし、
 ジョイ・ディヴィジョンの『アンノウン・プレジャーズ』はちょっとダーク過ぎたんだ」
0782トニー・ウィルソン2007/04/19(木) 02:32:41

「『テンプテーション』は、『エブリシングス・ゴーン・グリーン』
 (マーティン・ハネットがバーニーとその仲間と共に手掛けた最後の作品であり、
 いちばんの傑作である)に続くシングルだった。

 しかし、これは由緒ある作品のアルバムで、『エブリシングス・ゴーン・グリーン』は
 亡くなった友人のような歌詞を書こうとしていた(新しい)リード・シンガー、
 バーナードに足を引っ張られていた。

 しかし『テンプテーション』では、バーナードは自分らしい表現を見つけはじめていた。
 それは子供のたわごとのような詩だったが、それでも強い印象を残す語句を残している。

 あなたの瞳はどんな色?

 そんなこと知るか」
0783バーナード・サムナー2007/04/19(木) 02:35:20

「『テンプテーション』のヴォーカルを入れたときはアシッドやってたよ」
0784『テンプテーション』2007/04/19(木) 02:51:47
『天国、希望への入り口 
 心に湧き上がる感情みたいな
 真面目な話なんだ 
 こんな風に君を扱うのは心が痛むけれど
 君は僕の話をあしらう
 聞いたこともない つらすぎて口に出せない言葉で

 舞い上がって 落ちこんで ぐるっと回って
 どうか僕を地面に叩き落とさないで
 今夜 僕はひとりで歩いて行こう
 我が家に帰って自分の魂を見つけよう

 どの道を選ぶとしても 僕はいつだって努力している
 僕を取り囲む この世界を打ち破るために
 ときどき大切なものを見失ってしまったことに気付く
 自分が見つけたものを僕は心から信じる

 舞い上がって 落ちこんで ぐるっと回って
 どうか僕を地面に叩き落とさないで
 今夜 僕はひとりで歩いて行こう
 我が家に帰って自分の魂を見つけよう

 あぁ 君はグリーンの瞳を持っている
 あぁ 君はブルーの瞳を持っている
 あぁ 君はグレーの瞳を持っている

 天上から稲妻が落ち 地上の人々を襲う
 この世界に暮らす人たちには逃げ場がない
 あぁ ついに最後のときだ
 僕は今まで君みたいな人に一度も会ったことがなかった
 僕は君みたいな人に会うのは初めてなんだ…』
0785モービー2007/04/19(木) 02:58:25

「(ニューヨークの)ロウアー・イースト・サイドの僕の小さなレストラン『Teany』にいたんだけれど、
 そこで働いている子達の音楽のテイストは素晴らしいもので、
 ある日一人の子がニュー・オーダーのベスト盤を持っていたんだ。

 僕は昼食をとっていたんだけれど、その時『テンプテーション』が流れ
 この曲の歌詞を聴き、それがすごく胸を刺すような私的であることに心打たれた。

 だから自宅に帰り、この曲をとても緩やかなバラード風に弾き、
 友人のローラ・ドーンに歌ってもらったら、すごくいい感じにフィットした。
 この曲の歌詞に再度コンテクストを与えたような感じで…」
0786バーナード・サムナー2007/04/19(木) 03:03:16

「俺の作る歌詞っていうのは、そんなに分析してもらうような深い意味があるわけじゃないんだ。
 ポップな曲にヘヴィな詞は必要ないというだけさ。
 軽い感覚で書いているんだよ。

 子供の頃、俺は絵を描くのが得意だった。
 詞を書くのもそれと似たところがあるね。
 出来上がった曲を聴いて、そこから一連の絵を想像して言葉にしていく、
 その時、なるべくダイレクトな書き方は避けるようにしている。
 例えば『通りを歩いていたら、車にひかれました』みたいなやつ(笑)。

 もっと意味が隠されていて、聴く人が捜しあてていくような詞の書き方が好きなんだ。」

「イアンは確かに自分のことを深く見つめて歌詞にした。
 俺も、やはり自分について書いているという点は同じだ。
 書くことによって自分のことが判ってくるからね。

 特に初期ニュー・オーダーの曲の多くは、自分の個人的な人間関係についてばかり書いている。
 当時の俺はいろいろ問題を抱え込んでいたから」
0787トニー・ウィルソン2007/04/19(木) 03:06:34

「バーナードは1stアルバムでイアンになろうと努力した。

 T.S.エリオット風の歌詞を書いていたが『Taras Shevchenko』のビデオでは
 ニュー・オーダーが『テンプテーション』を演奏し、即興のような感じでバーナードが歌っている。

 それを見ると彼は自分の声を発見しているんだ。
 ナンセンスな詞だが、彼の詞だ。

 そこからニュー・オーダーは前進した」
0788ピーター・フック2007/04/23(月) 03:01:26

「うん、あの2曲(『エブリシングス・ゴーン・グリーン』、『テンプテーション』)で
 ニュー・オーダーの方向性は決まったんだろうね。

 あれでジョイ・ディヴィジョンとは違うバンドになれたわけだし。
 成長するって、そういうことだよね。」
0789トニー・ウィルソン2007/04/23(月) 03:13:08

「マーティンには未来がみえていたが、私たちにはみえていなかった。

 マーティンはフェアライトという機械に未来をみた。
 もし、『Hacienda』に金を注ぎこまず、彼にフェアライトを与えていたら
 彼がトレバー・ホーンになっていただろう」

「ニュー・オーダーがマーティンから離れたいと言ったときロブも従った。
 それがロックのやり方だ。」
0790ピーター・フック2007/04/23(月) 03:17:03

「一度イエロー・ツー・スタジオで『Cries & Whispers』の時だったと思うが
 バーナードは49回歌わされた。
 数えてたんだ。
 2人で(マーティンを)殺そうと思ったね。
 
 いくらなんでもやりすぎだ。意味があったのかもわからない。
 そして仕事中もドラッグをやるようになってもう無理だと悟った。
 無理だった。
 バーナードと俺なら自力でできると思い、実際にそうした。
 あいつを切ったんだ。

 バーナードと俺は奴からやり方を学んだからもう用はなかった。
 迷惑なだけだった」


0791ピーター・フック2007/04/23(月) 03:21:10

「バーナードはエレクトロニックに、俺はバンドっぽくしたかった。
 スティーヴは常に中立の立場を守っていた」
0792バーナード・サムナー2007/04/23(月) 03:23:33

「俺にはギターを弾きながら歌うなんて芸当はできないからさ」

「ジョイ・ディヴィジョンの後、ニュー・オーダーを始めた頃は、
 ギター中心の曲を書いても自分で演奏できないのがもどかしくてね。

 ほら、ジョイ・ディヴィジョンでは俺はギタリストだったろう?
 自分が書いた曲を演奏できないのがいやだったんだ。

 それでギターっていう楽器にちょっと興味をなくした時期があったんだよね」
0793ピーター・フック2007/04/23(月) 03:26:16

「本音のとこじゃ、俺たちに相談せずに曲が書けるようになりたかったんじゃねえのか?

 ドラマーなしでドラムの作曲したり、ベーシストとの打ち合わせなしでベースパートを書く。
 技術の進歩でそういうのが可能になったからよ。

 俺が変わろうとしないんで、バーナードはイライラしてたんじゃないの?
 そんで向こうが俺に変わって欲しいと思えば思うほど……
 俺は意地でも変わってやらねぇと思っちまう。

 そういうもんだろ?」
0794伝説の名無しさん2007/04/27(金) 08:41:15
神スレsage
Control完成したな
0795バーナード・サムナー2007/04/28(土) 22:41:11

「当時所属してたファクトリー・レコードはアメリカにもオフィスがあって、
 俺たちもNYのクラブに入り浸ってたんだ。

 パラダイス・ガレージ、フロントハウス、AMPM、ベルリン、ペパーミント・ラウンジ、
 ダンステリア……年中、NYに行ってはこういうクラブで遊んでた。

 あの頃、イギリスのバンドとしてイギリス外の、まったく別世界から影響を受けてたのは、
 確かに俺たちくらいだったかもね」
0796トニー・ウィルソン2007/04/28(土) 22:42:10

「ああいうNYのクラブの一つを、マンチェスターにも再現できるんじゃないか、
 ってアイデアを思いついたのはロブ・グレットンだった」
0797ロブ・グレットン2007/04/28(土) 22:43:08

「どこにも行くところがなかったからね。 
 俺は女をひっかけにいける場所が欲しかったんだ」
0798ピーター・フック2007/04/28(土) 22:44:48

「トニーがDJしたいけど下手くそだから誰も雇わないって言う事情もあったけど、
 それよりも俺らみたいなパンクが行く場所がなかったってことさ。

 どこへ行くにも決まった服装をしていないとダメだった。」

「居場所を作るために作ったんだよ。」
0799トニー・ウィルソン2007/04/28(土) 22:54:32

「オープンの2週間前、どっかの男が入ってきてこう訊いた。
 『これは誰のために建ててるもんなんだ?』って。

 私は『キッズのためさ』。

 そしたら、彼は『長いレインコートを着込んでるキッズのために、NY風のディスコを建ててるだって?』
 って言ったんだ。
 
 その通り、現実としては、我々はまたいつものことをやってただけなんだよ
 ――――自分達のために『ハシエンダ』を建ててたんだ」
0800『20世紀を後にする』2007/04/28(土) 22:59:57

『新しい都市化のための公式
 殿下、私は違う国からやってきました

 我々は都市で退屈し、もう太陽の寺院は存在しない。
 通り過ぎる女たちの脚の間から、ダダイストたちはモンキー・レンチを、
 シュールレアリストたちはクリスタルのカップを思い描いた。
 それではもう終わりだ。
 我々は、表情にすべての約束をどうやって読み込むかを知っている。
 形態論の最終ステージだ。ビルボードの詩は20年続いた……。

 そして忘れられたあなた。
 ふたつの半球のすべての星座によって侵食されたあなたの記憶、
 パリ・カオの赤い地下室に取り残され、音楽も地理もなく、
 根っこが子供について考える
 ハシエンダへはもう出発せず、古い年鑑の伝承と共に飲み干すワインのある場所。
 それはすべて終わった。
 もうハシエンダを見ることもない。
 存在しない。

 ハシエンダは建てられなければならない』
0801伝説の名無しさん2007/04/29(日) 08:59:39
>>800
これはどこから?
0802エド・シモンズ2007/05/01(火) 23:53:25

「ニュー・オーダーがマンチェスターに『ハシエンダ』をオープンしたって知った時には、
 そこにいくのを何度も夢見たな。」

「本当にマンチェスターにいけた時にはやっとって感じがしたよ。
 それにスミスも大好きだったし。

 初めてマンチェスターに着いた時は雨が降っていたんだけど、
 絶対にこの街が好きになるって思った」
0803バーナード・サムナー2007/05/02(水) 00:02:06

「……要するにこういうことなんだ。

 まず、俺たちは相当の金を手にしたわけ。
 それを自分たちで独り占めにするのは嫌だったから、何かクリエイティヴなことに
 使おうって相談したんだ。

 マンチェスターにクラブでも開いてマンチェスター音楽を盛り上げたら?
 シーン作ってみたらどうだろう?というね。

 『ハシエンダ』を起こす前、マッスル・クラブってとこで、週一でファクトリー・レコードが
 ファクトリー・ナイトを主催してた。
 で、繁盛してて雰囲気も最高だったんだけど、クラブ自体がつぶれちゃったんだ。
 だったらクラブそのものを買い取って、自分たちのクラブを作ろうや、という……」

0804ピーター・フック2007/05/02(水) 00:08:50

「そらもう、音楽は好きだし、したら他の連中とも熱くなれるヤツを、こう、
 分かち合いたくなるじゃないか。

 で、クラブって一回立ち上げちゃうと、勝手に回転し出しちゃうもんでさ。
 自分の一言で最先端のDJと音楽が集まるんなら、そらもう結構なことというか……。
 だからさ、クラブって磁石みたいなとこ、あんだろ?
 放っておいても新しいレコードやDJ、ダンス・ミュージック好きの人間が寄ってくるんだよ」

「白状すると最初の8年は人気がなかった。長いことガラガラだったよ。」

「でも、俺が『ハシエンダ』始めたのも、タダ酒が飲めるって場所を確保したかった。
 それだけなんだがなぁ(笑)

 結局、えらく高くついたけどな」
0805スティーヴン・モリス2007/05/02(水) 00:11:09

「俺も入場料を払わなきゃいけなかった。
 ただで酒を飲めるようになるまで9年かかったんだぜ…」

「(クラブで踊りまくるなんてことは)ないね。
 ボトルを半分ぐらい空けないかぎり。
 フィジカルなことはできない。
 
 トイレまで歩く間ダンスする程度だよ」
0806ベズ2007/05/02(水) 00:16:53

「あれはヤバいクラブだったな。でかい冷蔵庫に入って行くようなもんだった。」

「ハシエンダとニューオーダーとファクトリーがなかったら、マンチェスターのシーンは
 ああいう風にはなっていなかったはずだ。あれはシーンの一部なんだ。」
0807バーナード・サムナー2007/05/07(月) 01:43:15

「ニューヨークのクラブのせいで、自分の音楽に対するヴィジョンがすっかり変わったんだ。
 アシッドをきめ始めて、ダンス・ミュージック、エレクトロ・ミュージックに熱中し出してね。

 なんでどのロック・バンドもライヴの時に、ダンスのビートや、シーケンサーを使わないのかなぁ
 なんて思ったりもしてた。
 それで、クラブでかかってるサウンドを根こそぎしてそのまんまステージに持っていってやろう
 って考えたんだ。

 でもあの頃はいい機械もなくってさ。
 手に入るものではMC4っていうコンピューターがあったんだけどなにしろ高くって。
 とても買えないから自分で作ってやろうって決めたんだ。

 俺達のプロデューサー、マーティン・ハネットの友だちにコンピュータに強い奴がいてね、
 どんな電気機器でも、どんなプログラムも作れるって奴さ。
 それで、どんな機械が必要かを彼に説明したら回路を作ってくれて、
 俺自身がはんだごてで設置したんだ。

 彼は自分が科学系なもんだから、俺を電気系に引きずり込んだら
 俺がうわついた音楽業界から足を洗ってまっとうな仕事につくとでも思ったみたいで
 喜んでたよ(笑)。

 変わった奴だったな。
 金のかわりにアシッドで報酬をくれなんて言うんだ。
 値段はシーケンサー1台にアシッドが8錠ってわけ(笑)」
0808『サウンズ』ライヴ・レビュー2007/05/07(月) 01:53:25

1983年1月26日 ― マンチェスター 『ハシエンダ』

『ここ数か月失われていた、特別な空気が今夜は満ちている……
 誰かわからない4人の姿がステージに上がると、とりわけ熱狂的な歓声が上がった

 ……聴いたことのない曲は、どれもちゃんとした進化を見せていた。
 ヤズーを商業的一大プロジェクトへと変えた、
 あの目立つキーボードのリズムが引き続き強調されている。

 ドラミングも際立って印象深い。
 リズム・マシンと組み合わさって、アップテンポなダンス・ビートや、
 ヒプノティックなパルスを鳴らしているのだ。

                            ――――――――― デイヴ・ロヴァーツ』
0809ニール・テナント2007/05/09(水) 00:32:43

「クリスの曲『I'm keeping my fingers crossed』のベースラインが
 こんな…『ンパ・ンパ・ンパ・ンパ……』

 その1週間ほど後、ニュー・オーダーの新作が出た。
 コンピューター・ソフト・ウェア風のパッケージだった。それも、その前のも気に入ってた。
 そして例の『ンパ・ンパ・ンパ・ンパ……』
 ここで涙が出た。

 クリスと僕が望んでいた音だった。
 『やられた』と思ったね」
0810ピエール瀧2007/05/09(水) 00:42:01

「16歳の夏。

 昼下がりの石野の部屋。畳敷きにベッド。
 坊主頭にトランクス姿の初めて会う石野。
 開け放しの窓。
 同じく坊主頭で、部活帰りの立っている自分。
 傍らにもう一人の友人。

 ドッ、ドッ、ドドドドドドドドと始まるキック。
 衝撃。

 立膝でしゃがんでいる石野。
 シーケンス、イン。
 衝撃再び。

 横柄な口調の石野。とまどうが強烈。
 体は踊らないが何かが踊る。

 曲が終わり、「なっ。」という顔の石野。
 そこで初めて腰を下ろす自分。

 窓の外から女子高生の声。
 夏の日差し」
0811バーナード・サムナー2007/05/12(土) 02:08:54

「『ブルー・マンデイ』をリリースした時にたくさんの手紙をもらったことを覚えているよ。

 『どうしてあんなものを作れるんだ?単なるディスコ・ミュージックじゃないか!』とかね。
 その中で最も笑ったのが『全然ニュー・オーダーっぽくないね』ってヤツ。

 今じゃあ皮肉に聞こえるよ。
 あの曲は、まさしくニュー・オーダーっぽいだろ?」

「バンドの他のメンバーはおいといて俺だけの意見を言わせてもらえば、
 ダンス・ミュージックは、ここ10年間、最も面白い音楽スタイルだよ。

 ロックの90パーセントは古くさくてもうほとんど死んでるのに対して、
 ざっと見渡して同じパーセンテージの、つまり90パーセントのダンス・ミュージックはすばらしいね。

 ファンの中にはニュー・オーダーをロック・バンドだって思ってる人もいるってことに対しては
 ありがたく感じてるよ
 俺たちがやっていることは、『ロック』って分類できるかもしれないけど、
 もうそういった部分にはあまりいいものが残ってないような気がするんだ。

 スミスが最後の偉大なロック・バンドだと言えるんじゃないかな。」

0812バーナード・バトラー2007/05/12(土) 02:16:09

「思春期の頃、スミスとニュー・オーダーに同じくらい夢中になっててさ。
 世間一般的には、ニュー・オーダーとスミスって、『ディスコ』対『インディー』みたいに
 思われてたけど、自分には全然理解できなかったね。

 僕はスミスからもニュー・オーダーからも同時にインスピレーションを受けてたし、
 当時、普通ならジョニー・マーのギター・スタイルを必死でコピーしているところを、
 なぜかバーナード・サムナーのギターのほうをコピーしてたっていう。

 ニュー・オーダーからは、音楽におけるドラマの大切さと曲の構造について多くのことを
 学ばせてもらったよ。
 『ブルー・マンデイ』はとてつもなくエモーショナルだし、曲の展開がまた見事なんだよね。

 今でも覚えてるけど、近所の人からキーボードとドラム・マシーンを借りて、
 その週の週末を『ブルー・マンデイ』のドラム・ビートを完全にプログラミングすることだけに
 費やしてたなんてこともあったし。
 それこそハイ・ハットから、行進曲に出てくるようなスネアに至るまでね。

 ニュー・オーダー・ビートを作り上げたってことはものすごいことだと思ってて……
 あのオープニング部分のベース・ドラムとか、 あれなんか、生楽器では絶対に作り出せないビートだし。
 あのビートが死ぬほど好きでさ。

 よく、『トップ・オブ・ザ・ポップス』でビートを生演奏するようになってから、
 サウンド的にちょっとおかしくなり始めたっていう連中がいるけど、
 それでも自分にとっては最高だったね。

 当時の音楽シーンのすべてに対して2本指を突き立ててるような気がしたし、というか、
 そもそも当時の『トップ・オブ・ザ・ポップス』に他にどんなバンドが出演してた?

 シャカタクとか?」
0813バーナード・バトラー2007/05/12(土) 02:24:57

「当時ニュー・オーダーのファンであるってことは、自分だけの密かな軍隊に属してるようなものでさ。

 『ブルー・マンデイ』はジャケットからして素晴らしかったし。
 当時はまだ誰もフロッピー・ディスクを見たことがなくて、ジャケットに映ってるものが何なのか誰もわからなかったんだ。

 それでも、僕には何かすごく美しいもののように思えてね。
 もともと、レコード・ジャケットにくだらない写真とかファンクラブの連絡先とか載せてもらっても嬉しくないって感じだったし。
 『ブルー・マンデイ』っていうレコードのすべてが、B面に入ってるインストの『ビーチ』に至るまで、
 完全にプライヴェートな空間がそこに広がってるみたいで、見事なまでにはまってたね。

 僕にとって『ブルー・マンデイ』は単なるエレクトロの先駆けではないんだ。
 『ブルー・マンデイ』はスミスの『プリーズ・プリーズ』や、ビートルズの『ヘイ・ジュード』と
 同系列のもので、ただもう感動的に美しくてエモーショナルな曲でしかないんだよ。

 オリジナルにこだわるようで自分でもイヤなんだけど、後のリミックス・ヴァージョンとか、
 マジで、本当に聴くに堪えないものがあるんだよ。
 曲の構造にしろ、細かいディテールの部分にしろ、オリジナルがあまりにも完璧すぎたから、
 それを無理にどうにかしようとすると、間の抜けたおかしなサウンドになっちゃうんだよ」
0814ラモン・ツェンカー2007/05/12(土) 02:33:37

「(Hardfloorとしてのリミックスワークの中で、印象に残っているのは…)
 僕はニュー・オーダーの『ブルー・マンデイ』のオリジナルテープを復活させたときが一番強烈だった。
 このトラックは、僕がまだ若かった頃に僕をこの世界に導いてくれたトラックなんだ。
 テープを聞いたときは、本当に鳥肌が立った。

「ティアーズ・フォー・フィアーズなんかの80年代っぽいものが好きだった。
 レヴェル42が好きでベースを始めたり…。
 ダンス・ミュージックを聴くきっかけになったのはニュー・オーダーの『ブルー・マンデイ』だった」
 
「個人的には、タンジェリン・ドリームやクラフトワークなんかのエレクトロニック・ミュージックは、
 冷たすぎると思うんだよね。
 ソウルがないんだ。

 ハウス・ミュージックは、エレクトロニック・サウンドにグルーヴとビートを加えたところが共感できた。
 タンジェリン・ドリームやカンにはなかったものだ。
 クラフトワークは冷たすぎて面白くなかった。

 『ブルー・マンデイ』を聞いたときも、ヴォーカルがちゃんと歌ってる感じが良かったんで、
 アメリカとかイギリスの音楽を聞くきっかけになったと思う」

0815スティーヴン・モリス2007/05/15(火) 00:54:23

「80年代の初め、スウェーデンでトロッグスを見たときを思い出すんだよな。
 『恋はワイルド・シング』を少なくとも3回はやってたよ。
 『辛いだろうなあ、あんなことしなきゃならないのは』って思った。
 
 だけどあれが俺たちの『恋はワイルド・シング』になっちまった」
0816ピーター・フック2007/05/15(火) 00:56:45

「イギリスでは150万枚売れた。
 途方もない数字だ。

 ところがおかしなことに、ジャケットに金がかかった(パンチ穴等々)ものだから、
 ちっとも儲けになっていない。
 コストを下げるために大量生産する余裕なんかファクトリーにはなかったんだ」
0817トニー・ウィルソン2007/05/15(火) 01:05:37

「音楽業界は、行商人、ヒップスター、娼婦の巣窟かもしれない。
 でもひとつだけ誇れるものがある。たったひとつの際立った事実が。

 それが楽曲だ。
 重要なのは曲であって、最後に残るのも曲だけだ。
 そして偉大な曲を止めることはできない。
 否定もできない。
 『ブルー・マンデイ』を否定することなんてできなかった。
 
 バン、バン、バン、バン。
 どんな気分だ?
 
 イギリスのレコード業界の歴史で、最も売れた12インチ・シングルと
 なったのはどういう気分だろう?
 それは実際に、疑いもなくそうなってしまったわけだが、
 君たちも予想していたかもしれない。
 
 どんな気分かって?

 それは最高の気分だ。
 そして1枚毎に3.5ペンス損をするというのはどんな気分だろう?
 それもまた最高の気分だった。
 皮肉に値段はつけられない」
0818バーナード・サムナー2007/05/18(金) 00:35:58

「あれはあのときにこそふさわしいサウンドだった。
 それまでジョイ・ディヴィジョン・タイプの音楽を作ってきたけど、イアンが死んで
 それができなくなっただろ。

 それからどういうわけだか俺たちはニューヨークで過ごすことが多くなって、
 そこでいつもクラブにいって、ああゆう音楽にずうっとさらされていたわけだ。
 シュガーヒル・レコードのヒップホップにロッカーズ・リヴェンジ、
 『ウォーキング・オン・サンシャイン』だよ。

 で思うわけだ、『こういうクラブで自分の曲がかかったら最高だろうな』と。
 そういうとこじゃクラッシュの『ロック・ザ・カスバ』とか、ソフト・セルの『テインテッド・ラヴ』
 とかもかかってた。
 だからたぶん、そういうクラブに行くうちに、テクノロジーの方もいつのまにか身に
 付けてたんだろう……。

 ジョイ・ディヴィジョンのころからやりだしてはいたんだよ、クラフトワークにハマってたから。
 で、ダンス・ミュージックを聴いて、『おい、これを俺たちのエレクトロニクスでやれるじゃないか』
 と思ったんだ」
0819トニー・ウィルソン2007/05/18(金) 00:52:43

「ハネットが、彼のAMSマシーンで、彼らをこのデジタル世界に紹介した

 スティーヴンはデジタル・ドラムの初期モデルに加え、ハイハットの上に
 グレーの物体をいくつか置いていた。
 ジョイ・ディヴィジョンの『シーズ・ロスト・コントロール』を聴いてみるといい。
 チッ、チー、チッ、チー。ツイン・シナプスが弾ける音だ。
 
 そして実験は、ひとつ目のバンドの死と、ふたつ目のバンドの誕生を跨いで続けられた」

「とにかく、2枚目にして最後となったジョイ・ディヴィジョンのアルバム『クローサー』から、
 『アイソレーション』を聴いてみてほしい。

 DJ天国で終わる旅はすでに始まっていた。

 そして目的地は、ふたつの道が交差する場所だ」
0820スティーヴン・モリス2007/05/18(金) 00:59:45

「『ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート』をやっている時、奴(イアン)は70年代の変態エレクトロ・デュオ、
 スパークスの『ザ・ナンバー・ワン・ソング・イン・ヘヴン』を聴いていたからね」
0821トニー・ウィルソン2007/05/18(金) 01:07:32

「どっちにしろイアンだって同じ方向に進もうとしてたんだから」

「結局、ジョイ・ディヴィジョンとニュー・オーダーは同じものなんだよ。
 まったく違うけど完全に同じ。

 イアンが生きてたとしても『ブルー・マンデイ』を歌ってたはずだよ。
 賭けてもいい。
 
 まぁ、歌詞は違ってたかもしれないけど。」

0822『ブルー・マンデイ』 2007/05/18(金) 01:16:05
『どんな気分なんだ?
 僕をこんな目に合わせて
 君は僕の肩に手をかけ 自分の正体を明かした
 僕は自分の耳を疑った 君の言葉を聞いた時
 僕に教えてくれ どう感じればいいのか
 教えてくれ 今、僕はどんな気持ちになればいいのか

 僕の目の前に現れた人たちは
 彼らの役割とともに生きた
 出会ってから、それぞれの役目を果たすまで
 彼らは立ち去り、二度と戻っては来ないだろう
 そして 僕は今でも思いつけない
 君に言うべき言葉が
 今、はっきりと分かる 君が教えてくれるだろう
 僕がどう感じるべきかを

 港に浮かぶ1隻の船を見る
 僕は言われた通りにできるし そうしようと思う
 もし君の不幸が無ければ 今日は最高の日だっただろう
 僕は自分の耳を疑った 君の話を聞いた時
 僕に教えてくれ どう感じればいいのか
 教えてくれ 今、僕はどんな気持ちになればいいのか

 今、僕はここに立ち、待っている…

 僕は君に一人にして欲しいと告げた
 浜辺を歩きながら
 一体どんな気持ちになればいいのか教えてほしい
 君の心臓が冷たくなっていく時に…
 
 冷たく…冷たく…冷たく…なっていく…』
0823伝説の名無しさん2007/05/18(金) 21:08:48

0824伝説の名無しさん2007/05/21(月) 18:13:20
神スレにこれからも期待
0825ピーター・フック2007/05/24(木) 01:57:36

「あの歌詞は、イアン・カーティスについて歌ってるという訳じゃなくて
 俺たちはそれを曖昧にしときたかったんだ。

 俺はファッツ・ドミノについての本を読んでたんだ。
 彼には『ブルー・マンデイ』っていう曲があって、
 月曜日だったし、俺たち皆、ひどい気分だったんで 『おお、こりゃぴったりだ!』
 と思ったわけ」
0826バーナード・サムナー2007/05/24(木) 02:00:20

「あの頃、プレスは俺たちに食ってかかるようになってた。
 同情的な論調は消えて、ナイフで一突きしてその上内臓をえぐる、みたいな。

 あれは俺たちが『うるせえ、黙ってろ』って言ってるんだ。

 『ムーヴメント』はあんまりウケがよくなくて、それで俺は結構腹を立てていた。
 そんなに責めなくたっていいじゃないか。
 ものすごい悲劇を経験したと思ったら、今度はやつらが足を引っぱって来てさ…」

0827ティム・バージェス2007/05/24(木) 02:06:30

「彼らの音楽はジョイ・ディヴィジョンの延長だった。
 でも、彼らは『ブルー・マンデイ』という形で大胆な声明を出したんだ。

 僕は、それが意図的、計画的につくられたんじゃなくて、本能的につくられたと思いたいね。
 『ブルー・マンデイ』は12インチだけのフォーマットでリリースされて、
 すぐに12インチ・シングル最大の売上となった。

 10分間のエレクトロ・ダンスレコード ―― それは危険で、大胆不敵だった。
 だって、当時は誰も見向きもしなかったディスコの要素を取り入れたんだからね」
0828バーナード・サムナー2007/05/24(木) 02:15:25

「でもね、結局はめぐりあわせ、これに尽きるんじゃないかな。

 俺達はたまたま、NYのクラブ・シーンが一番盛り上がってるときにNYに居合わせたんだ。
 それと、当時、ドイツにいた友人がドイツ・ダンスの7インチ・シングルをたまたま沢山送ってくれたりさ。
 あとロンドンのゲイ・クラブ『ヘヴン』を経営してるのも友達で、ちょうどその頃、
 ロンドンでレコーディングしてたから、スタジオ作業の後、一杯飲みに毎晩行ってたし。

 そういうノリで次はこの路線で行こうなんて話し合ったりしたわけじゃなく、
 あの音楽はたまたま居合わせた場所の、環境の産物なんだよ」
0829伝説の名無しさん2007/05/26(土) 13:33:49
>>389
いいなあ。バロウズに会った事あるのか。
しかも怒られたなんて、うらやましすぎる。
0830ピーター・フック2007/05/27(日) 02:46:03

「俺はスタジオで暇になると本を読むんだよね。
 まるで読書マシーンかってくらい、何百冊も読むんだ。

 でね、『動物農場(原題:Animal Farm)』を読んでいる時に 
 ―――――あれって、作者ジョージ・オーウェルだっけ?」

「本の裏表紙に、よく短い推薦コメントが載ってるだろ?
 そこに
 ゛A compelling tale of power, corruptions and lies,  will leave you breathless 
                                       ―――  The Times "

 (『読者はこの権力、汚職、嘘に関する物語から目が離せず、読後息を呑むだろう』 
                                       ――― タイムズ)
 って書いてあったんだ」

「俺は、『おお、こりゃいいぞ、power, corruptions and liesだ』って思ったわけ」
0831ティム・バージェス2007/05/27(日) 03:04:11

「僕が『権力の美学(原題:power, corruptions and lies)』を買った次の週から、
 『権力の美学』は、ほとんど1年間、僕のステレオのターンテーブルに乗りっぱなしだったよ。

 それは僕の人生を変えて、僕だってシンガーになれるかもしれないって思わせてくれたんだ。

 『権力の美学』は『ブルー・マンデイ』と交互に本当によくかけたよ、
 だって、そのシングルは収録されてなかったんだから。
 なんて素晴らしいアイデアなんだ!って思ったね。

 僕等がデビューアルバム『サム・フレンドリー』のレコード(オリジナル ヴィニール盤)をリリースした時、
 シングルの『ジ・オンリー・ワン・アイ・ノウ』は収録しなかった。

 それは、ニュー・オーダーの影響だったんだ」
0832『エイジ・オブ・コンセント』2007/05/27(日) 03:24:55

『お願いだ 僕を解放して欲しい
 心にのしかかるあの言葉が 僕を傷つける
 自分がやりたいことだけを君に話したがるような
 僕はそんな人間じゃない
 君が僕に望むことを言わなければならないような
 僕はそんな人間でもない

 今朝 君に会った
 君は知りたいのかもしれないと思った
 数日前に 君のメッセージは全て受け取った
 言ってることは完全に理解できた
 そして今、現実にそれを聞いた
 君は後悔するだろう

 君が僕に何を望んでいるかだけを話したがるような
 僕はそんな人間じゃない
 僕にセックスのやり方について話さなければならないような
 君はそんな人間じゃない

 こんなことはよくあることだろう
 決定的な瞬間が
 ある日、悲劇を生む
 自分がやりたいことだけを君に話したがるような
 僕はそんな人間じゃない
 僕は 君に何か言わなきゃならないような人間じゃない

 僕は君を失った
 僕は君を失った
 僕は君を失った…』
0833ティム・バージェス2007/05/27(日) 03:38:58

「『権力の美学』は僕にとって、歌詞を書くってことについての初めてのレッスンになった。

 『エイジ・オブ・コンセント』にある、
 『君が僕に、セックスのやり方ついて話す必要はないよ』という歌詞の一節は
 1983年に16歳だった僕の心に本当に響いたんだ。
 そして、バーナードの歌い方は、誰でも出来るんじゃないかと思わせるくらいに無邪気だった。
 ピーター・フックの弾くすばらしいベースリフは、スージー・アンド・ザ・バンシーズの『香港庭園』
 を思い出させたよ。

 対照的に『ウイ・オール・スタンド』は、とってもスロウな行進曲みたいだ。
 再び、すばらしいベースラインと歌詞がある。

 『あと3マイル、この道の果てに 未来が僕を待ちうけている』
 彼らの歌詞はストレートで、共感することができた。

 スリーヴには"Words and Music by New Order"とあって謎めいた雰囲気があった。
 バンド内で誰が何をやっているのかさっぱり分からなかったよ。
 だから、僕達はザ・シャーラタンズで同じように謎めいた雰囲気をつくり出したいと思ったんだ。
0834バーナード・サムナー2007/05/30(水) 21:55:36

「俺たちの音楽には全員が貢献してるんだ…。
 俺たちの中のひとりだけが書いたなんて歌はひとつもないんだよ」

「俺たちは成長してるんだ。

 音楽は、俺たちは一緒なんだというフィーリングから出来あがってくる。
 俺たちの間の自然な共感からね。

 俺たちは演奏する。
 と、心に沸き上がるものがある…。俺たちはそれを解き放つ…。
 それは俺たちの一部なんだ。
 俺たちにも説明できないようなね…。

 それが何処から来るのか、自分でも分からない…。
 それは自然に起こることなんだ」
0835スティーヴン・モリス2007/05/30(水) 21:59:30

「完成された形の曲を誰かが持ち込んだことなんて一度もないよ。

 じゃあどうやって曲を作っているかというと、これを説明するのはとても難しいんだけど、
 ひたすら取り留めもなくジャムを繰り返し、それをすべてコンピューターに録音するんだ。

 運がよければ、それを後から聴き直したときに、8小節なりの使えそうなアイデアを
 見つけることができる。
 それらのアイデアをつなぎ合わせたり、キーを調整したりして、それを元に、再びジャムを繰り返すんだ。
 そこからフレーズやサビなど、曲のベーシックな部分が浮かび上がってくる。

 それをバーナードが持ち帰って、アレンジを変えたり歌詞を加えたりして曲になっていくというわけだ」
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