>>720
しがない歩兵として東南アジアさまよってたら終戦になったうちの祖父とはえらい違いだ
しかも帰国したものの、着いた港で騙されて全財産
(上官から港から家に帰るまでの交通費をもらっていた)を失って
仕事をしつつ家を目指して歩きつつ、やっと家に帰れたときには帰国から3ヶ月たっていた。
祖母の家(電話もなかったど田舎)には
「今港に着きました」のハガキが届いてから連絡が途絶えたので
「こりゃ行き倒れた」とか「いい人ができたんだな」と思われていたらしい。

家の外で遊んでいた私の伯母(当時6歳)は、帰ってきた祖父が
服もぼろぼろ、ヒゲぼうぼうのホームレスのような出で立ちだったので
「物乞いがきたから追い出していい?」と祖母に無邪気に聞きに行き、
祖母がホウキを持って追い立てようとしてよく見たら自分の夫だったそうだ。
祖父にしてみると、必死の思いで帰ってきたのに
奥さんと子どもに叩き出されそうになるとかwww

ただそこで本当に叩き出されてたら私も生まれてなかったので
(母は祖父の帰国後にできた子)祖母が気づいてくれて本当に良かった。

ただその後の祖父が戦争と帰宅時のショック(当時はそんな言葉なかったけど)を理由に
いわゆるフリーターのような仕事しかせず、祖母がとても苦労して
4人の子どもを育て上げたのはまた別のお話。
そんな祖父も年金生活者になってからはそこそこ平和に過ごしました。
今年、10回忌。