あまりにも突然だったので、病院から引き上げた私達はただ途方に暮れていた。
朝はちゃんと行ってらっしゃいと言われたのに。
ふと父を見ると手に小さな物をつまんで立っていた。
見るとそれはメモでこう書いてあった。
「このまま寝たらば、メガネお願い」

テレビを見ていて眼鏡をかけたままうたた寝するそんな横着な人だった。
几帳面な父が窘めてもそのクセは治ることなく、かわりにこう言うようになった。
「お父さんかお姉ちゃん、私が寝ちゃったらお願いね、メガネ」
一人っ子の私の事をお姉ちゃんと呼ぶのは、犬を飼い出してからの私の呼称。
でたらめな人だった。

当日お棺にその眼鏡は入れられず今も父の引き出しで眠っている。