小さい頃に母が死んだので、兄ちゃんと俺は親父に育てられた。まあ不器用な人だったから、
素直な兄とは違って、俺はいろいろ親父と衝突した。それでも兄弟二人、無事に社会人になり、
両方合わせて5人の孫を親父に見せてやれた。

そんな親父がガンで入院。もう助からないのでモルヒネで痛みを和らげて最後を待つ日々に
なった。モルヒネの幻覚作用で訳の分からないことばかり口走る親父を見て、夢見ながら楽に
死ねるのがせめてもの救いかな、なんて兄ちゃんと話していた。

ある日、俺が付き添ってるとき、急に俺の手を握って真顔になり、「ちゃんと飯くってるか?風呂
入ってるか?病気とかしてないか?」とか心配し出した。「ああ、大丈夫だよ」と答えると、手に
力を込めて「父さん、お前のこと分かってやれなくてごめんな」と言った。それきり、また幻覚の
世界に戻っていった。

親父が死んで遺品を整理していたら、小学校の頃の作文とか通知票とか、社会人になって
初めての給料で買ってあげたネクタイとか、いろんなものが詰まった衣装ケースが俺の分と
兄ちゃんの分、宝物のように大事にしまってあった。

母が死んでから再婚もせず、好きな釣りもやめて仕事と子育てに追われるだけの日々を送った
親父。これから孝行してやれたのに。早すぎるよ・・・せつないよ・・・。