その昔、ボアという老僧ありき。
真理を求める旅の最中に行き倒れ、そこに猛虎キサと猫ライと兎シャンブレーが通りかかりし。
キサはその力を活かしてボアのために魚を取り、ライは知恵を活かして木に上り木の実を取った。
力も知恵も無いシャンブレーだけが老人に何も与える事ができなかった。
何も与えるところのないシャンブレーは自らを火中に投じその肉をボアに与えし。
ボアの祈りを聞いたミラ仏はその自己犠牲に感じ入りシャンブレーを祀って月に送るものなり。

〜 原始仏典 南伝ミラ経より抜粋 〜



「あの炎の中に断罪と浄化への道があります」
炎上するリゲルの城を見上げながらセリカはつぶやく。
炎に照らし出される赤い髪がより鮮やかな色彩を放って風に靡き、
その有様は仏典に曰く断罪の明王の如き威厳を持って信徒たちの心をひきつけてやまない。
リゲル落城の日。
それは幾重にも張り巡らされた重層な罠の中でかつて天下を四分した雄の一人が落ちた日でもある。

それを演出した者はしじまの如き影の中で、あるいは風の淀む木陰の中で、草むした泥濘の中でセリカの姿を見守っていた。

ほ、ほ、ほ、ほ………そう、それがそなたの正義、そなたの情熱、そなたの献身……
それをどこまでも信じて邁進なさいな……ほ、ほ、ほ、ほ……


リゲル最後の日。
大名ルドルフがその最後の一日をどう過ごしたか記録は散逸しあるいは焼失し現代には伝えられていない。
俗説として知られている事は燃え盛る城の中からセリカがルドルフの首を携えて姿を見せたというものだが……
セリカがいかにして剛勇を誇るルドルフと戦い討ち取ったのかそれを見た者、あるいは証言の記録などは一つも残されていないのであり、
その死には幾つかの説があるがいまだ推論の域を出ず定説と言えるものはない。
ただ一つの事実としてこの日ルドルフは死にセリカが南国を統一、都への道を開いたという事のみである。
この瞬間セリカはもっとも天下に近い大名だったかもしれない。
北国を統一したアルヴィスは軍勢を取って返して領国の足元の火を消しにかかり、東国のゼフィールは未だネルガルと戦い、
西国のアシュナードもまたクリミアのジョフレを追い詰めつつも未だそれを打倒しえていなかった。