クリミア兵が逃げ崩れていく有様を見ながらセネリオは一人ごちた。
「ナドゥスの陣は破れた。となればピネルのみを守っても意味がない。次の戦はクリミアの城下になりますか…」
さて、次の戦いでは大名ジョフレが陣頭に立とう。
立たざるをえない。もはや後はあるまい。
デインもアシュナードを欠いてはいるが……
ブライスやプラハといった勇将たちに比べジョフレの武名は一段も二段も落ちるといわざるをえない。
人材も乏しい。デインの将たちに対抗できそうな将といえばユリシーズやケビン、オスカーくらいのものか。
だが……
「そのうちの一人は落ちたようですね。武者殿」
重厚極まる存在感と金属音を響かせて漆黒の武者が姿を見せた。
全身を覆う鎧はクリミア兵たちの返り血で紅く染まり、さながら真紅の武者とでもいうべき様相だ。
武者は無言の内に片手にぶらさげていた兜首を放り出した。
地に転がる生首は苦悶に歪みほっそりとした糸目をやや見開いている。
「敵将オスカーの首、見事取られましたか……」
「他愛なし」
それのみを呟いて武者はエタルドを鞘に納めた。
鋭い金属音が響く。
「……これで貴方の望みに一歩近づいたと……」
「言っている事がわからぬなセネリオ殿。我はアシュナード殿の一臣に過ぎぬ。望むところはデインの勝利のみよ」
「……ではそういうことにしておきましょう」
「それに…だ。我が軍有利とはいえ詰めを誤るとわからぬぞ?
 クリミアの中にも手ごたえのある者はいた」
それだけを呟くと漆黒の武者はそっと掌を見つめる。
わずかに……ほんのわずかに手が痺れている。
これは…先ほどの小僧の太刀を受け流した時のものか。
力の差は歴然としていた。
だが…蟻の一刺しが巨像の肌に痕をつけるがようにその威力はかすかに伝わっていたのだ。