「ねぇ、美帆。あたし今日彼氏のうちに泊まってきちゃってもいい?」
「えっ?」
「もちろんお父さんとお母さんには内緒よ。ね、お願いっ!!内緒にしてて」
「え、…うん、いいわよ」

 正直ちょっと意外なリアクションだった。美帆はマジメだから、親がいない間に外泊し
たいなんて言ったら「ちょっと占ってみるね…うーん、油断大敵ね」の一言も言いそうだ
と思っていた。占いとかを使って間接的に行って欲しくないことを伝えるけど「そんなこ
としちゃダメ!」と叱るほどの厳しい対応は取れない。それが真帆の計算していた姉のリ
アクションだった。今から思えば「うん、いいわよ」と言う時、一瞬笑顔ともなんとも言
いがたい微妙な表情をしたような気がした。その時は特に気にしなかったけど今から考え
れば思い当たるところがある。
 双子の姉、美帆には最近ついに彼氏が出来た。卒業式の日に美帆の方から告白して出来
た彼氏だった。中学生の頃から常に誰かと付き合ってきた妹から見れば、美帆も案外やる
じゃないという気持ちと、ようやく出来て安心、という気持ちが半々だった。「まっ、それ
でも大した男じゃないけどね」とペダルをこぎながらつぶやく。
 美帆の彼氏は真帆も知っている。美帆のフリをしてその人とデートをしたことが2回ほ
どある。真帆的には「いい人なんだろうけど、ちょっとパッとしない男だなぁ。」という印
象だった。少なくともタイプじゃなかった。「美穂、だましていた事もちゃんと話したのか
なぁ」
 今から考えるとあの時の微妙な表情は美帆もまた同じようなことを考えていたのかもし
れない。両親が2人とも帰ってこない夜なんて白雪家ではめったにないことだ。少し前だ
ったら、こんな「チャンス」を生かそうと思うのは真帆だけだったけど、今は美帆もそう
だった。それをすっかり忘れていた。
 真帆の「チャンス」は思わぬ形で終わった。彼を驚かそうと思ってアポなしでアパート
に行ったら、知らない女と真っ最中の彼の姿が飛び込んできた。5回目の恋が終わった。
「また、いい男捜さなきゃ」
 仕方がないから、今夜は自宅でおとなしく過ごすことにした。友達と遊ぶ気にもなれな
かった。泣いた顔を見られたくなかった。でも家に近づくにつれて、さっきの姉の微妙な
表情が頭をよぎった。美帆が同じことを考えていたとしたら、せっかく家に帰っても誰も
いないかな。そんなことを考えているうちに自宅についた。明かりがついていた。「気のせ
いだったかな」安心と落胆交じりにつぶやいた時、見なれない自転車が目に入ってきた。
もしかして…。予感がした。音を立てないようにそーっとドアをあけた。
「やっぱり」男物の靴が目に入ってきた。