私はそのとき十六歳だったんですね。パリ・コンというのは昔は年齢制限があっ
て、十六歳から三十歳までしか出られないというんです。私のときは下が撤廃さ
れて上限の三十歳だけになっていましたけど、やっぱり普通は大人の人が出るん
ですよね。それまでの最年少は十八歳だったし。
 コンクールに出るにはなるべく一年ぐらい前から練習していきますから、いつ
も、絶対に自分で弾けないような曲を弾こうと私は考えるんです。課題曲は決ま
っていますけど、自由曲は好きな曲を弾いていいから、そこでは絶対弾けないよ
うな曲を弾こうというわけで、パリ・コンのときは、ブリテン作曲の「ノクター
ナル」という十五分ぐらいの曲で、今世紀ではすごい傑作の一つを弾いたんです
。技術的に難しいだけでなくて、内容的に難しい。それに挑戦してみようという
わけで。
 ところがパリ・コンの前の日に、審査委員長のロベルト・ビダールという方が
私に、お前はまだ十六歳で、とてもブリテンの「ノクターナル」は弾けるはずが
ない。やっぱり公開の場で恥をかかしたら悪いし、コンクールの主催者としても
、あんまりひどい演奏をしてもらうと困ると言うんです。しかもそのときは、た
またまドイツの人も同じ曲を自由曲にしていたんですね。ですから、よかったら
曲目を変更したらどうかと言われたんです。でも、やっぱりせっかく練習してき
た曲でしょう。変えるわけにはいきませんというわけで、それで行ったんですけ
ど。