>>809
「手工」「量産」の定義分け、そしてその閾値はどこかというのは結構難しい。見方によってどういう風にもとれる。
何しろ量産されているギターとて組み立てロボットが機械的に組み立ててるわけではなく、
一方手工品と呼ばれるものも(ごく一部を除いて)一点物、というわけでもない。
つまり桜井で言えばマエストロも「量産」だし普及帯モデルも「手工」である。
さらに拡張して言えば値段関係なく、あらゆるクラシックギターは「手工」と言うことになる。

「手工」を定義づける一つの見方として、そのギターを1から10までのうちほとんどすべてを一人の職人の手によって作られたか、
あるいは分担作業によって作られたか、という見方がある。
さらにその分担作業の行程がその職人の五感を使って一点一点チェックされるのか、それとも単に規格通りに部品をくっつけていくだけなのか
そのさじ加減が「手工」か「手工でない」かを分ける一つの閾値となる。

桜井の場合で言えば、マエストロクラスになればトップルシアーの人(今ならおそらく桜井正毅氏)が「ほとんどの」行程を行うだろう。
そして普及帯モデルは他の多くの職人(弟子)が分担作業をして作っている(と思われる)。
まあでも桜井ギターを買う人はそのあたりの事情を知った上で買う人が大半じゃないかな。

名前だけが一人歩きした例としてはヤマハのフォークギターの「テリー中本氏」だろう。(現テリーズテリー主宰)
彼は数多くのミュージシャン向けにギターのデザインをし、ヤマハにテリーあり、いつかはテリー氏にオーダーを…と言われるようになった。
ここまではよかったのだが、彼はあくまでギター設計担当と検品担当の人に過ぎないのに彼のデザインしたギターはいつの間にか
「テリー中本氏製作(=数多くのミュージシャンに「作った」テリー中本氏が作った)」ということになって中古相場が暴騰したことがあった。
ラベルに彼のサインがあるかないか(単に最終検品で彼が担当したかどうかの違いだけ)で相場が変わる、という今から思えば滑稽でしかない現象であった。
(注:だからといってヤマハのフォークギターが悪いわけではないことを断っておく)
自分もこの波に翻弄されたことがあったので長々と書いてしまった。