それから10年。二人は夫婦として暮らしてきた。
始まりは良くなかったが、彼女は一切その事を口にせず、笑顔の絶えない幸せな家庭だった。
だがテレビで故郷が映ると、少しだけ悲しげな目になる妻を見る度、彼は今迄以上に彼女を幸せにしようと懸命に働いた。

一年前、彼女に癌が見つかった。それからは文字通りあっと言う間だった。
入院中も彼女は弱音は一切吐かず気丈に振る舞った。娘との最期の時間を楽しんでいる様にすら見えた。
そして半年前、彼女は天に召された。

彼女は遺書を残していた。内容は彼や娘への励まし、思い出などが綴られていたが、遺書の最後、一番最後に一言だけ、俺宛てに謝罪の言葉があった。
ごめんなさい と。

彼は気付いていた。10年間彼女がずっと後悔していた事。俺の事を気にかけていた事。

だから俺に謝りにきました。今さらだし筋違いだろうが謝罪させて欲しいと。
俺にも事情や思う所もあるでしょうが、彼女の遺骨を傍に置いてやってほしいと。

俺は何も言えなかった。「そんな安い小説みたいな話なんかあるもんか」と茫然としながら思っていた。黙って話を聞くしかできなかった。彼はひとしきり謝って帰っていった。

遺骨は受け取った。小さくて何処の箇所かも分からない。本当にこれが彼女だなんて全く実感が沸かない。
今はこの話自体が本当なのかすら分からない。分かりたくないのかもしれない。

まあそんな話です。