1992年 中国 コバルト-60の線源が紛失し、それを拾った男性が被曝で死亡しただけでなく、いっしょに生活していた家族ふたりも後に被曝が原因で死亡した。死亡したということは少なくとも600レム以上の被曝をしたことになる。

1996年 中国 工場内でイリジウム-192が紛失し、それを拾った従業員が被曝した。その従業員は被曝が原因で右足と左腕を切断手術した。

1997年 イタリア コバルト-60を利用して非破壊検査をしていたところ、従業員が取り扱いを誤って全身に89レムの被曝をした。

1999年 トルコ コバルト-60施設の解体にともない5人の従事者が被曝した。そのうちひとりには火傷の前兆が表れた。

1999年 トルコ 無届のコバルト-60が紛失した。