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西貢丸という特設巡洋艦

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0001ANANGNG
先の大戦の特設巡洋艦で「西貢丸」という船があります。
(マニラ沖で米潜水艦に雷撃で沈められた までは判るのですが、、)

従事した作戦名、司令官名等、その他の詳細を調べたいのですが
ネットだと2件ほどのヒットしか有りません。(艦名のみ)
(空襲で沈んだとの間違いもありました。)

 この板の皆さんのお知恵を貸して頂きたく御願いいたします。
0002名無しさん@1周年NGNG
こういうことは
War birdsのAns.Q
で聞いた方がよいと思うが?
0003ANANGNG
>2
教えて君で済みません!
 
   War birdsのAns.Q って何ですか?
00042NGNG
WarBirds
はHPの名前
ttp://www.platon.co.jp/~vought

Ans@`Qはいろいろ分かれているので何をメインに聞きたいか気をつけて

0005ANANGNG
>2

 ありがとう御座います m(__)m

  では行って来ます。
0006名無しです!NGNG
西貢丸
大阪商船所有 5@`350総トン、速力16ノット、93式機雷500個搭載
海軍への入籍:昭和16年9月20日  同型艦:盤谷(ばんこく)丸
昭和12年、タイ国や仏印(ベトナム)への定期航路船として就航。
開戦時に特設巡洋艦籍にあった14隻の商船の中では3番目に小さいものの様です。
機間はディーゼル
兵装:アームストロング式(41式)40口径12cm砲×4門、92式ルイス7.7mm機銃×1
開戦時:呉鎮守府・呉警備戦隊所属(〜18年11月)
昭和16年12月と17年1月に各1回 九州佐伯より機雷敷設を実施。
17年3月 九州志布志湾方面へのパトロール×2回
その後、呉潜水学校で標的艦を勤め、臼杵や下関付近を行動(7月)
17年12月〜18年11月:豊後水道のパトロールが主
          1月朝鮮半島の木浦(モッポ)へ巡航
          1月19日広島県大竹の潜水学校で教務訓練に協力
          2月28日(横須賀発)ラバウルへ佐世保第7特別陸戦隊(1669名)
          を盤貢丸と共に輸送に従事(駆逐艦海風、清波が護衛)。
          3月8日トラック島入港。行き先:タラワに変更
          3月12日トラック発(駆逐艦大波、清波が護衛)、17日タラワ着
          タラワ到着時、755空ナウル島派遣隊が米巡洋艦部隊と誤認する騒ぎ有り。
          3月20日タラワ発、26日サイパン着、4月3日佐伯に帰着。
18年5月16日:瀬戸内海水無瀬灯台西南で752空(一式陸攻部隊)の雷撃訓練の標的
  5月17日:佐多岬沖で50空(97式艦攻の練習航空隊)の雷撃訓練協力後、呉帰着。
  7月〜11月:朝鮮南岸に93式繋留機雷による機雷原堰敷設(他に特設敷設艦:高栄丸、新興丸)
19年1月:第一海上護衛隊18戦隊(機雷敷設部隊)に編入
     司令官:水井清治少将(海兵40期)
     旗艦:敷設艦常磐(日露戦争の装甲巡洋艦)、特設敷設艦:高栄丸、新興丸、特設巡洋艦西貢丸
19年1月〜6月:台湾から沖縄西方海域に、8回に渡り機雷堰を敷設した。
     米潜水艦スコーピオン撃沈の可能性も有ると言われている。
19年6月26日:高栄丸と西貢丸は南西方面艦隊に編入
  7月13日門司出航(ヒ69船団):積荷:93式繋留機雷750個、爆雷200個、治療品3トン
  7月20日マニラ湾入港
  7月30日駆潜艇30号をつれて、ラモン湾に機雷敷設
  8月8日台湾高雄入港後、9日基隆を経由して16日佐世保入港(駆潜艇37号と同行)
     積荷:英霊71柱と遺品、砂糖1500トン、木材185トン、内地転勤の准士官4名、下士官13名、軍属30名、婦女子5名
  9月8日門司出航(ヒ75船団)積荷:93式繋留機雷と小型水際機雷を満載(ラモン湾への敷設目的)
  9月17日:飛行艇母艦秋津州、駆逐艦夕月、卯月の4隻は船団から分離
  9月18日:潜水艦フラシャーに遭遇。朝10字48分、同艦は魚雷5本を西貢丸に発射
      西貢丸大爆発を起こし轟沈。位置:バターン半島マリベレス山南西30キロ

名前をに記憶があったので調べてみました。
功績は、機雷敷設を専門の敷設艦より積極的にこなしている事でしょうか?
ながくなりましたが、参考になればよいのですが・・・
1さんは、この船になぜ興味を持ったのかが、ちょっと興味を引くところです。
では。


         
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